無名新人「善戦」何があった? 大牟田市議選 SNSに力、動画も

西日本新聞 筑後版

選挙期間中、自転車で市内を駆け回った稲益彰彦さん 拡大

選挙期間中、自転車で市内を駆け回った稲益彰彦さん

インターネット上にアップした動画の一場面。経営するバーで撮影した

 統一地方選で実施された大牟田市議選から2カ月が過ぎた。定数24に31人が出馬する激戦だったが、落選者の中に、失礼ながら「予想外の善戦」をした新人がいた。当選ラインまで255票に迫る1082票を獲得したバーテンダーの稲益彰彦さん(43)だ。当選に必要とされる「地盤(組織)、看板(知名度)、カバン(潤沢な資金)」を一つも持たない無名の新人に一体、何が起きていたのか。店を訪ねた。

 今月上旬、大牟田市内のビル2階で稲益さんが営むバーの開店前、恐る恐る話を向けてみた。「千票を超えるとは」。すると「いやー、私も500~600票ぐらいかと」。本人も「善戦」は驚きだったらしい。

 「もちろん当選したかったけど、私も素人だし、票読みは全くできなかった。何せ後援会名簿もないですから」

 そもそも、なぜ出馬を思い立ったのか‐。素朴な疑問をぶつけると、店でお客とまちづくりや政治の話を交わす中で、しがらみのない自由な立場で物言う議員が必要と思ったから、との答えが返ってきた。

 「市議選では、政党や誰々の子や後継といった組織がバックにある人たちが当選するのが常。これでは大牟田は何も変わらない。組織に属さない市民は多いが、投票に行かないので投票率は上がらない。だったら自分が立ち、組織に無縁の人たちの声を市政に届けて大牟田の未来をつくりたかった」。思いは明快だ。

 昨年11月ごろに出馬を決意。妻に打ち明けたところ「私は何もせんけんね」と言われ、承諾の意に受け止めた。ただバー経営をやりながらなので、本格的に準備を進めたのは今年に入ってから。友人知人のつてを頼って少しずつ支援者を増やしていった。

 「後ろ盾がないと無理」と忠告する人もいたが、「組織人なので表だっては応援できないけど、必ず投票する」という人も出てきた。

   ■    ■

 活動はインターネット戦略に力を入れた。無料通信アプリLINE(ライン)に公式アカウントをつくって情報発信。「友だち」登録でつながったのは170人。「思いを共有してくれた人たちで、投票してくれたのでは」と、稲益さんは推測する。ホームページには、出馬動機や政策などを語る姿を自ら撮影した各2~4分の動画を計8本アップした。

 告示日にアップした「打倒三バン」と題する動画は、地盤、看板、カバンが庶民とは縁遠いと解説した上で「三バンがないと選挙に勝てないのであれば、庶民とは感覚が違う人ばかりが政治を行うことになる」と訴えた。

 ただ8本の動画の視聴回数は、1500~370回で「思いは伝えたが、どこまで票につながったかは分からない」と分析する。

 お金のかからない選挙を徹底し、電話作戦はせず、選挙期間中の集会は2回のみ。このほかの運動は、たすきをかけて自転車で毎日、市内巡回に精を出した程度だ。これも、どれほどの票の上積みになったかは不明。一方で、つじ立ち(街頭演説)をほぼ毎日続けた別の新人2人が当選したという話を聞いて「有権者に、愚直に頑張っている姿を見せる戦略が必要だったかも」と、やや後悔の念を口にした。

   ■    ■

 選挙事務所も構えなかったため投開票日の夜は、知人の焼き鳥店に、ボランティアでビラ配りなどを手伝ってくれた40人ほどが集まった。

 落選の報に「ここにいるみんなが、あと10票ずつ広げていれば」といった声も漏れた。ただ素人集団の手作り選挙に、誰もが「大健闘だ」との思いを共有したという。

 公費負担分を除く手出しの選挙費用は、ビラ製作費や演説会場費など30万円弱で済んだ。供託金(30万円)も返ってきた。

 「嫌な思いをすることは何もなかったし、出馬して本当に良かった。投票率が過去最低となったのは残念だが、未来を変えたいと訴えた僕への投票分は(投票率が)上がったと思う。僕みたいな候補者が、もっと増えていい」

 地方選での候補者不足は今や全国的な課題。大牟田での稲益さんの挑戦が、政治と有権者の距離を縮める一つの方法を示したのは間違いない。

PR

アクセスランキング

PR

注目のテーマ