古賀元帥の手紙、故郷へ 有田焼・人間国宝井上氏に寄託

西日本新聞 社会面

古賀元帥の手紙を手にする人間国宝、井上萬二さん=佐賀県有田町 拡大

古賀元帥の手紙を手にする人間国宝、井上萬二さん=佐賀県有田町

古賀峯一元帥

 山本五十六の後を継いで旧日本海軍の連合艦隊司令長官となった佐賀県有田町出身の古賀峯一元帥(1885~1944)の手紙9通が故郷の有田町に寄せられた。東洋陶器(現TOTO)社長を務めた江副孫右衛門(1885~1964)に宛てたもので、江副孫右衛門の遺族が有田焼・白磁の人間国宝、井上萬二さん(90)に託した。

 古賀元帥は有田町で生まれ育ち、江副孫右衛門とは幼なじみ。海軍兵学校で学び、フランス大使館付き武官として1927年のジュネーブ海軍軍縮会議に平和条約実施委員として参加。山本五十六元帥の戦死を受け、43年に連合艦隊司令長官になったが、翌年、南方を飛行中に消息を絶った。

 有田町歴史民俗資料館の前館長、尾崎葉子さんは「古賀元帥は海外勤務の経験もあり、戦況を冷静に見据え、開戦には反対の立場だった」と話す。

 手紙は37年から43年にかけて書かれたもの。37年の書簡では、佐世保入港に合わせて有田に立ち寄って「欧州向け土産陶器類」を買い、旧友との面会予定があることを報告。しかし、42年の手紙には「事態ハ愈(いよいよ)深刻」と緊迫する戦況に触れている。

 名古屋市在住の江副孫右衛門の孫から「後世に伝えてほしい」と、古賀元帥の顕彰を続ける井上さんに送られた。井上さんは「この手紙を機に、町内にある古賀元帥の生家を記念館にして展示できたら」と話している。

PR

アクセスランキング

PR

注目のテーマ