【米中対立 危機の深層】 姜 尚中さん

西日本新聞 オピニオン面

姜尚中(カン・サンジュン)さん=熊本県立劇場館長 拡大

姜尚中(カン・サンジュン)さん=熊本県立劇場館長

◆不確実性に耐える力を

 米中間の貿易摩擦は、今や砲弾なき戦争とも言える、熾烈(しれつ)な覇権争いの域に移りつつあるようだ。「新しい冷戦の始まり」といったセンセーショナルな決まり文句が飛び交うほど、米中間の対立は世界の構造的な変化に直結しかねない問題になりつつある。

 かつての米ソ冷戦の時代、世界は二つの陣営に分断されていたとはいえ、メード・イン・USSR(旧ソ連の略称)で思いつくのは、高価なキャビアを除けば、ほとんど皆無に近かった。それほど旧ソ連の経済はローカルだったことになる。

 しかし、現在の中国は違う。その生産・流通・消費のグローバルなチェーンや人的な移動・交流の点でも、世界経済の中にビルトインされた中国を抜きにしては、グローバル経済自体が回らなくなっているのだ。

    ◆   ◆

 にもかかわらず、かつての冷戦時代のココム(対共産圏輸出統制委員会)がやったように、モノや技術の輸出を中国に対して規制しようとすれば、それはブーメランとなって自国経済の首を絞めることにならざるを得ない。世界的なIT企業である中国のファーウェイに対する制裁はその典型である。

 確かに共産党一党独裁による国家主導の資本主義は、これまでのアングロ=サクソン型の自由主義的な資本主義に比べ、逸脱した異形の資本主義に見えるに違いない。

 しかし、トランプ大統領の「米国ファースト」を持ち出すまでもなく、グローバル経済は今や、市場万能の経済から、むしろ国家の積極的な交渉力に左右される統制型の経済へと移行しつつある。政府あるいは国家という管制装置がどう動くかで、為替や貿易、通商の浮沈が決定されかねない時代となったのである。

 それは政治的なリーダーシップがものをいう時代を意味する。世界経済はリーダー、特に超大国のリーダーのパーソナリティーと、時にその気まぐれな決定に翻弄(ほんろう)されるようになった。市場経済の予測可能性は減退し、むしろリーダーの個人的な資質や性格、価値観によって景気がアップダウンしかねない、極めて不確実な時代となっているのである。

 見方を変えれば、そうしたリーダーが民主的な選挙や自由な世論によって代わってしまうとすれば、さらに不確実性が高まり、市場の混乱は避けられないことになる。この間のトランプ大統領を巡るスキャンダルや米国内のメディアの動き、議会との激しい対立などを見れば、統治システムの混乱に拍車がかかっているように映るはずだ。

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 そうなると、ここに自由主義や民主主義を反故(ほご)にするような誘惑が頭をもたげてくることになる。独裁による長期の安定した統治の方が、より不確実性が減殺され、市場にとっても、景気の長期的な展望にとっても都合がいいし、猫の目のように変化するグローバル経済をしっかりとグリップする上でも優れていると考える誘惑である。

 そして中国がそうした点で成功しているとすれば、「われわれも中国と同じように身構えなければならない」といった、独裁や疑似独裁的なリーダーシップへの傾斜が、自由民主主義(リベラル・デモクラシー)の模範と言われた米国や英国など、アングロ=サクソン諸国に広がりつつあることに、世界の抱える民主主義の危機の深さがある。世界を席巻するナショナリズムやポピュリズムの台頭は、そのような傾斜の表れである。

 こうした「妄動」にどう立ち向かい、リベラル・デモクラシーの復元力をどのように培っていったらいいのか。令和の最大のテーマになるに違いない。

 【略歴】1950年、熊本市生まれ。早稲田大大学院博士課程修了後、ドイツ留学。国際基督教大准教授、東大大学院情報学環教授、聖学院大学長など歴任。2018年4月から鎮西学院院長。専攻は政治学、政治思想史。最新刊は「母の教え」。

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