1951年7月、近畿地方は豪雨に見舞われ、大阪府箕面町(現箕面市)の箕面公園を流れる川が氾濫…

西日本新聞 オピニオン面

 1951年7月、近畿地方は豪雨に見舞われ、大阪府箕面町(現箕面市)の箕面公園を流れる川が氾濫。旅館や茶店が流されそうになった。救援要請を受けた同町警察署長の合田百一(ごうだももいち)さんは現場に駆け付けた

▼茶店に人影を認めた合田さんは、部下の先頭に立って救助に向かった。濁流と化した道路を避け山の斜面をはうように進む。突然、足元の地面が崩れた。合田さんは転落し、濁流にのみ込まれて命を失った

▼責任感が人一倍強かった合田さんは、地域の安全安心に力を尽くす一方、誠実で情に厚い人柄が町民や部下に慕われていたという。公園には合田さんの遺徳と功績をたたえる「殉職之碑」が建立された

▼その碑に程近い山中で、1人の男が逮捕された。男が横たわっていた木のベンチの下にはポリ袋に入った拳銃が。そこから約8キロ離れた吹田市の交番を襲撃し、警察官を刺して奪った拳銃だった

▼重傷を負った古瀬鈴之佑(こせすずのすけ)巡査(26)は福岡県朝倉市出身で、全国レベルの強豪校、佐賀県立佐賀工高ラグビー部で活躍したという。地元出身の前途有望な若者に凶刃が向けられたと思えば、理不尽な犯行への怒りがさらに増す。男は何のために交番を襲い、拳銃を奪ったのか。その理由を知りたい

▼地域の安全安心の要である交番が襲撃される事件が各地で相次いでいる。警察官の安全対策にも万全を期したい。使命に殉じた合田さんも願っていよう。

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