「火の雨」風化させない 福岡大空襲から74年 弟亡くした82歳、危機感募らす

西日本新聞 夕刊

遺族を代表してあいさつをする安武悌二郎さん=19日午前11時半すぎ、福岡市博多区の冷泉公園 拡大

遺族を代表してあいさつをする安武悌二郎さん=19日午前11時半すぎ、福岡市博多区の冷泉公園

 令和になって初となる福岡大空襲の追悼式が19日、福岡市で開かれた。悲劇の夜から74年がたち、近年、参列する遺族の数が目に見えて減っているという。戦争の記憶をいかに後世に伝えていくか。参列者は危機感を強めている。 

 82歳の声にひときわ力がこもった。「令和の時代を迎え、戦争を知る人も少なくなった。後世に語り継ぐことで若い人に知ってもらい、自らの生き方を考えるきっかけにしてほしい」

 追悼式で遺族代表のあいさつをした安武悌二郎さん=同市中央区=の脳裏に74年前の夜の光景が浮かんでいた。

 空襲警報が鳴り響く中、旧奈良屋国民学校(現在の博多小)の3年生だった安武さんは家族とともに火の海の中を逃げた。途中、母親が背負っていた4歳の弟の両手両足に焼夷(しょうい)弾の油脂が飛び散った。「あまりの熱さに弟は泣き叫んでいた。でも、爆撃の中でどうすることもできなかった」。弟はやけどが原因で翌年亡くなった。

 記憶の継承に年月の壁が立ちはだかる。市社会福祉協議会によると、追悼式への遺族の出席はこの10年で半減した。安武さんは語り部活動をしているが「自分が一番若い方」というのが現状。遺族代表のあいさつも3年連続となった。

 令和になり、耳を疑う出来事が起きた。酔った国会議員が戦争で北方領土を取り戻そうと、元島民にけしかけた事案だ。弟の泣き叫ぶ声が記憶によみがえった。戦争で傷つくのはいつも弱者。「このまま風化していいはずがない」

      ◇

 空襲で176人が亡くなったとされる中央区の簀子(すのこ)地区にある簀子公民館では体験者の証言を映像に残す活動に取り組んでいる。「語り部の貴重な言葉を伝え続けたい」と昨年、遠藤和子館長(74)らが中心になって約20人を取材した。今年は地域行事などで使いやすいように、さらに集約して30分の映像にした。

 5月から新たに、証言を基にした朗読劇の練習にも励んでいる。地元の小学生や住民らが出演する。「戦争の実態をより感じることができるはず」と遠藤さんは信じる。

      ◇

 今月9日、市民団体が毎年開いている空襲の傷痕をたどるフィールドワークに一人の若者がいた。福岡大の1年生、白石佳奈さん(18)=同市西区=だ。地元出身で、福岡大空襲は小学校の平和学習で学んだ。

 歴史が好きで、大学は人文学部を選んだ。フィールドワークの開催を知り「学校で教えてもらった記憶も薄れていたし、現場で実感しながら学んでみたい」と参加した。「歴史に興味のある友達ができれば」と期待したが、白石さん以外は年配者だった。

 空襲を逃れ、地下室に避難した63人が熱死した旧十五銀行福岡支店跡(同市博多区)を訪ねた。銀行跡は現在、博多座になっている。買い物や遊びに行く繁華街に被害が集中していることにあらためて驚いた。「あまりに様変わりしている」

 大学では、空襲について知らない友人も多い。ただ、九州最大の街になった福岡市の繁栄が焦土と多くの犠牲の上に築かれたことは知るべきだと強く感じた。「インターネットなど新たな情報ツールもある。一番発信力のある私たちの世代がもっと関心を持って、何が起こったのか、知ることが大切だと思います」

※現代の視点で福岡大空襲を再編集した紙面(2015年作成)は、こちらからご覧いただけます。

PR

アクセスランキング

PR

注目のテーマ