パークゴルフが紡ぐ絆 週1回、転居後もつながり求め 南阿蘇村

西日本新聞 熊本版

慣れ親しんだ顔ぶれとパークゴルフを楽しむ井川さん(左から2人目) 拡大

慣れ親しんだ顔ぶれとパークゴルフを楽しむ井川さん(左から2人目)

清掃活動に励む丸野さん。「離れていても故郷を思う気持ちは変わらない」と語る

 熊本地震で甚大な被害を受けた南阿蘇村立野地区では、多くの住民が村外での避難生活を強いられた。発生3年が過ぎ、4割の住民が帰還。新たな土地での生活を選んだ人も、古里とのつながりを求めている。こうした人たちが絆を紡ぐ場として、地震前から続いているパークゴルフが一役買っている。

 「ナイスショット!」。6月上旬、南阿蘇村の長陽パークゴルフ場。利用者たちの明るい声が響く。

 パークゴルフは元々、住民の健康づくりの一環として、5年ほど前に高齢者約30人が集まり、毎週月曜日に活動していた。地震の影響で休止したが、「芝の上を歩いて、元気を取り戻そう」と2017年秋に週1回ペースで再開した。転出した住民も含め、徐々に参加者が増えており、この日は8人が参加した。

 「懐かしい顔ぶれ。ほっとする」。長女家族と熊本市南区の二世帯住宅で暮らす井川信子さん(71)は感慨深げに話す。

 地震直後の2016年8月、父親が96歳で死去。井川さんも心臓を患い、昨年5月に手術を受けた。パークゴルフへの参加は、リハビリも兼ねて2回目。「風呂上がりに外の景色を見るのが大好きでね。できれば戻ってきたかったけど…」とポツリ。

 中尾太加富さん(81)は4月に村の災害公営住宅に妻と入居した。地震前に一緒に住んでいた息子家族は大津町に自宅を新築中だが、「田畑を管理しないといけないから」と故郷を離れられなかった。「同じ地域に住んでいた者ばかり。楽しいよ」。そう言いながらボールを打った。

 昨年4月から熊本市東区のマンションで暮らす丸野健雄さん(75)は、パークゴルフの導入当時、区長を務めていた。

 地震直後、避難所の運営委員長として「元気に故郷へ帰ろう」と被災者を励まし続けた丸野さんにとって、古里を離れることは苦渋の決断だった。災害公営住宅の場所は駅が遠く不便。肺炎や直腸がんで熊本市内の病院に入院したことも影響した。

 「病院に近く、買い物も便利。ただ、故郷との縁は持ち続けたい」。週1回は片道1時間以上かけて立野へ通う。パークゴルフや清掃活動に出向き、付き合いの長い住民と一緒に汗を流す。

 村を離れても、広報紙と区報の配布を希望し、村の状況に目配りする。古里とつながっていることが、生活に潤いを与えてくれるという。「住民票が変わっても、故郷への思いは変わらない。これからもずっと」 

   ◇   ◇

半数超の世帯が未帰還 災害不安、ためらう要因に

 南阿蘇村立野地区では2017年10月末、全360世帯を対象とする「長期避難世帯認定」が解除された。今年3月には災害公営住宅が完成したが、帰還率は4月1日現在で4割強にとどまる。地区のほとんどが土砂災害警戒区域に指定されていることも、半数を超す世帯に帰還をためらわせる要因になっている。

 村が昨年6月に立野地区住民に実施した意向調査では、地区に「戻る」と答えた人が68%、「戻らない」は30%だった。「どういう条件が整えば戻る予定か」(複数回答可)との質問には、「被災した住宅の修理もしくは再建の完了」が25%、「仮設住宅の退去期限の到来」が17%だったのに対し、「戻る予定はない」と回答した人が15%だった。調査を担当した村職員は「故郷に戻りたいけど、戻れないというジレンマを抱えている人がいるのが現状では」と分析する。

 また、「戻る場合に不安なことは何か」(複数回答可)の問いには、28%が「大雨や台風時の避難方法や避難場所」と回答。「日常の生活用品などを購入する店が近くにないこと」「交通機関の復旧が遅れていること」と答えた人がそれぞれ23%いた。災害への警戒心に加え、生活の不便さも帰還の障壁になっているとみられる。

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