宇佐の小部遺跡に古墳時代の大型建物跡 九州初、地方豪族の居館

西日本新聞 社会面

 大分県宇佐市教育委員会は、古墳時代前期(3世紀後半)の小部(こべ)遺跡で、豪族居館の大型建物跡を発見したと明らかにした。古墳時代に地方豪族が使っていた大型建物跡が見つかるのは九州では初めてという。小部遺跡からは畿内や吉備(岡山)の土器が多数発見されており、専門家は「ヤマト王権と強いつながりを持った九州屈指の豪族が宇佐にいたことが裏付けられた」とみる。市教委は今年末までに国指定史跡を申請する方針。

 小部遺跡には全長200メートルの大型環濠(かんごう)があり、竪穴住居なども出土していた。市は今年4月の発掘調査で、環濠中心部で縦4間、横3間の大型建物の基礎部分(縦8メートル、横6メートル)を発見。調査を進め、直径30センチと20センチの掘っ立て柱跡計20カ所を見つけた。

 遺跡近くには県内最古級の前方後円墳で三角縁神獣鏡5面などが出土した赤塚古墳があり、市教委は「小部遺跡の豪族が赤塚古墳に埋葬された可能性が高い」とみている。

 同時期の豪族居館跡としては、国指定史跡の小迫辻原(おざこつじばる)遺跡(大分県日田市)などがあるが、大型の建物跡は見つかっていない。地方豪族の大型建物跡と墓がセットで見つかったのは全国でも「三ツ寺1遺跡」(群馬県)などわずかという。

 福岡大の武末純一教授(考古学)は「瀬戸内の航路を使いヤマト王権とつながり、力を増していった宇佐の豪族の様子がうかがえる」としている。

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