【きょうのテーマ】郷土の誇り 魅力を発信 世界遺産 新原・奴山古墳群(福岡県福津市) 過去から未来へ 歴史つなぐ場所

西日本新聞 こども面

手書きの資料で古墳群を紹介する有吉さん 拡大

手書きの資料で古墳群を紹介する有吉さん

大小41の古墳が連なる「新原・奴山古墳群」(福津市教育委員会提供) 古墳の表面を覆っていた葺石を持った 井浦さん(左)が古墳のことをくわしく教えてくれた 古墳と地域のつながりを語る花田さん(中央)

 新原・奴山古墳群(福岡県福津市)は、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産として2017年に世界遺産に登録され、多くの観光客が訪れています。こども記者が古墳群を歩き、史跡の魅力発信や保存に取り組んでいる人々の思いを聞きました。

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 ■自作の資料使い

 古墳群を見渡せる展望所でボランティアガイドの有吉敏高さん(70)が出迎えてくれた。「ほら、いろいろな形の古墳がたくさんあるよ」と指さす方向を見ると、鍵穴のような形の前方後円墳、丸い形の円墳、四角い形の方墳など計41基がある、見たことがない景色が広がっていた。

 有吉さんは自作の資料やイラストを使って(1)これほど多くの古墳が集まっている場所は国内では珍しい(2)優れた航海術で朝鮮半島と交流した豪族・宗像氏の墓と考えられている(3)石室から当時の先端技術である鍛冶の工具が発見された‐など、史跡の特徴を分かりやすく説明してくれた。

 有吉さんは会社を定年退職後、郷土史の研究を始め、「学んだことが福津を観光する人の役に立てば」とガイドになったそうだ。「地元の子どもたちが見学に来るとうれしい。福津の歴史を学んで古里に誇りを持ってほしい」と笑った。

 ■千年先を考えて

 古墳群の整備を担当する福津市文化財課の井浦一さん(46)の案内で古墳の間を歩いた。台地の中心部に古墳群の中で最大の前方後円墳「22号墳」(全長80メートル)があった。井浦さんは「前方後円墳はヤマト王権とつながりが深い有力者の墓と考えられています」と説明した。「25号墳」に行くと、古墳を覆っていた葺石を持たせてくれた。ずしりとした重さに、こんな石をたくさん集めて古墳を造った宗像氏の強大な力を実感した。

 昨年の西日本豪雨で古墳群の一部にも被害が出た。世界遺産の修復には、同じ素材を使うことなど厳しい約束事があり、慎重に作業を進めている。井浦さんの「貴重な古墳を何百年、何千年と保存していくことが最大の仕事」という言葉に、私たちは地域の宝である文化財を守ることの大変さ、大切さを感じた。

 ■敬うべき場所

 古墳群を歩いた後、奴山で代々続く農家の花田智昭さん(63)を取材した。花田さんは「古墳群のあたりはさみしくて怖い場所。子どもの頃は大人から絶対に近寄るなと教えられた」と話した。昔は畑を耕す牛のえさにする草を刈る場所だった。「あまりにも身近すぎて世界遺産になったときは驚いた」と笑った。

 地域では古墳群は「敬うべき特別な場所」と考えられていて、周辺の木が大きくなって古墳を壊さないように手入れをするなどして、みんなで守ってきたという。「世界遺産になって困ったこと」と聞くと「観光客が増えて、ごみをポイ捨てする心無い人も出てきた」と憤る。

 花田さんにとって古墳群はどんな場所かと聞くと「過去から未来へ歴史をつなぐ場所。これからも地域の心を一つにして守っていきたい」と力強く答えた。花田さんの田んぼで取れた米をおにぎりにして食べた。豊かな歴史を育んできた奴山の大地の味がした。

 ●わキャッタ!メモ

 ▼新原・奴山古墳群 福岡県福津市の奴山、勝浦地区。地方豪族・宗像氏が5世紀から8世紀にかけて築いたとされる。かつては入り海に面していた東西約800メートルの台地に、さまざまな大きさや形の41の古墳が連なっているのが大きな特徴。ヤマト王権の象徴である前方後円墳が5基あり、朝鮮半島などと交流し、沖ノ島(同県宗像市)の祭祀を担った宗像氏の存在を示す重要な史跡として世界遺産に登録された。

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