「やさしい日本語」にどう向き合う 先立つのは相手を思う「公平な耳」 一橋大・庵功雄教授に聞く

西日本新聞 坂本 信博 福間 慎一

 入管難民法改正に伴い、日本で働く外国人のさらなる増加が見込まれる中、日本語が苦手な外国人にも伝わりやすい「やさしい日本語」がコミュニケーション手段として注目されている。加速する「移民社会」で住民との共生を支える「やさしい日本語」に私たちはどう向き合えばいいのか。一橋大国際教育交流センターの庵功雄教授(日本語学、日本語教育学)に聞いた。

 ―日本語教育の推進を「国や自治体などの責務」と定める日本語教育推進法が成立した。

 「国や自治体に外国人の受け入れ施策が義務化される。その意味では非常に重要だが、これはあくまで枠組みに過ぎず、その先の具体策が肝要だ。その際に、日本語教育だけを単体で考えてもいいことはない。はっきり言えば『移民政策』をどうするか、という全体の中で日本語教育を考えないと、かえっていびつになってしまうだろう」

 ―具体的にどんな「いびつさ」を懸念しているか。

 「今後、急に外国人が増えるというわけではなく、これまでも日本に多くの外国人が暮らしてきた。しかしその現状を政府も教育関係者も傍観していた面がある。法的に、正式に外国人を迎え入れる中で、日本語教育にだけ目が行って全体の理念が抜け落ちると取り返しがつかなくなる」
 
「日本人は外国人労働者に対して依然として『使い捨て』という意識を持っていないだろうか。日本語教育についても『教えなければいけない』と思っていても、どういう形で教えるかを教育関係者が主体的に考えないと、教育内容や教員の質が吟味されないまま、短期生産で教員の数だけを増やし、質の確保が難しくなるおそれがある」

 ―これまでの技能実習生は滞在期間が限られていた。

 「5年後は母国に帰れという受け入れ政策は『放っておけば日本に働きに来る』という30年前の発想だ。今の日本は、外国人にとってそこまで魅力があるだろうか。出稼ぎで来日する人はおそらく、何百時間もかけて日本語を勉強しない。雇う側も『最低限でいい』となる。その姿勢は、下手をすると今の非人道的な働かせ方の片棒を担ぐことになりかねない」

 ―どうすればいいか。

 「これから日本に来る人たちに対しては、受け入れ方そのものを変えないと変わらないだろう。一方で、日本に定住して、日本社会で生きていこうと思っている外国人はすでに多くいる。まず、その人たちに十分な教育が必要だ。特に、日本でしか生きられない子どもを中心に日本語教育を考えるべきだ」

 ―国の施策は「つぎはぎ」的にも見える。

 「ごく功利主義的に考えても、現状のままでは日本に誰も来なくなる。介護や看護の現場では、収入が少ないため資格があっても働かない日本人がたくさんいる。日本で生活しながら母国に送金する外国人はさらに厳しい。言語の習得が難しい上に社会的にも認められない日本と、もっとチャンスがある他国のどちらを選ぶだろうか。日本語教育の問題は、これからの共生社会全体に関わる重大な問題だ」

 ―国は今後、「やさしい日本語」の活用を進める。

 「役所の言葉を書き換えるときに『こう話して、こういう文法を使おう』という考え方は大切だろう。ただ、日々の会話では、そういう細かいルールにはあまり意味がない」

 「日本人はよく、西洋的な外見の人に英語で話そうとする。その人が日本語を使おうとしても英語を使う。そうではなく、1人の外国人をまず『となりに普通にいる人』ととらえてほしい。難しい言い方が伝わらなければ、簡単にする。ゆっくり話したり大きな声で話したりする。現に、お年寄りや子どもに対してはそうしているはずだ。それと同じように考えればいいだけ。結果として、『理解する』というゴールにつけばいい。「やさしい日本語」 に先立つのは、まず相手を知りたい、助けたいという気持ち。手法ではない。規範を先に持ってきて『そうしないとだめ』とすることは問題だ」

 ―外国人店員が使う日本語をやゆする人もいる。

 「会話するときに、ネイティブと同じ(レベルの)言葉である必要はない。例えば英語でも、日本人が話す英語がおかしいという意見があるが、そこには 『ネイティブのように話さないと変だ』という考えが根底にある」

 「英語のネイティブはとても少ない。英語のコミュニケーションの75%は非ネイティブ同士、とも言われる。だから英語が絶対にネイティブの言葉でないといけないということはない。日本語だって、日本人のネイティブと同じ必要はない」

 ―やさしい日本語に、どう向き合えばいいか。

 「やさしい日本語は『変だ』という声はあるかもしれない。日本には そういう『言葉狩り』が方言話者に対して差別として現れた 歴史がある。高度成長期、東北から集団就職で上京した人たちがなまりを笑われた。自殺した人もいる。それは今日の外国人に向けた差別に通じる。

 「でも日本で、「共通語」とされる日本語を母語としている人がどれだけいるか。一橋大がある東京都の多摩地区でさえ方言圏。ほとんどの人が、何かの方言をもっていて、日本人はほとんどバイリンガルの生活をしている。単なる程度の差なのに、外国人や方言話者だとさげすむのは間違っている」

 「タイから来た技術者が『私』のことを『わたチ』と言ったとする。それだけでその技術者を能力が低い と言えるのか。もし私たちが『she』と『sea』を分けて発音できないだけで、英語圏で無能扱いされたら どう思うだろう。発音に多少気になるところがあったとしても、それは日本語。重要なのは、相手が何を伝えようとしているかを理解すること。『公平な耳』を持つことが、多文化共生への第一歩だと思う」

 ―本紙は昨年11月から「やさしい日本語」でのニュース発信に取り組んでいる。その意義と、課題をどう考えるか。

「英語を話せない外国人労働者にとって、自分が住む日本の今を知る情報源は少ない。すべての言語で報じるは現実的に難しく、やさしい日本語のニュースは大事だ」

 「日本の新聞は戸配制に立脚している。継続して購読する人を前提にした記事の書き方は、日本人の読者にも伝わりにくいスタイルだ。そして若い世代に新聞が読まれなくなってきている。どんなに素晴らしい記事でも読まれなければ意味がなく、新聞社同士の競い合いも意味がなくなる。長年続いた『型』ではなく、読み慣れない若い人にも分かりやすいやさしい日本語化の取り組みは、新聞記事のスタイルを考え直すきっかけになるだろう」

 

※西日本新聞は「やさしい日本語」でニュースを発信しています。専用ページはこちら

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