【備えは】長峡川の水害 教訓は40年前 行橋市

西日本新聞 北九州版

 昨年7月の西日本豪雨で、行橋市を流れる今川が氾濫の危機に見舞われた。市は同様の自然災害に備えて、防災計画や職員の行動計画の見直しを進めている。40年前に長峡川が氾濫し市内中心部が浸水した経験を持つ市だが、時間の経過とともにその教訓は色あせているのが事実。市は多くの課題の克服と対策の立案に苦心している。

■異例の2次避難所

 行橋市は7月5~6日にかけて大雨になり、市内の河川はいずれも水位が増し、6日午後には冠水した地区もあった。今川中流域のみやこ町では、堤防を越えて水があふれた。

 市は6日午後4時に天生田(あもうだ)、流末(りゅうまつ)など4地区に避難準備情報を発表。同6時10分に市内全域に避難勧告を出した。全域への発表は初めてだった。市は公民館のほかに、市役所や大型商業施設などの2次避難所15カ所を開設した。市によると、「過去20年で2次避難所の開設はなかった」というほど事態は切迫した。雨は6日夜に落ち着き、堤防決壊などの被害はなかった。

■課題洗い出し指示

 この体験から間もなく、田中純市長は大雨のときの防災マニュアルの見直しに着手。全庁に、緊急時の市民に向けた対応などの問題点の洗い出しを指示した。

 最も深刻だったのは、緊急時の職員の動きだった。

 2次避難所の開設と同時に、職員は避難する住民の食料や毛布などの準備に追われた。通常の避難所には、多少の毛布などは用意されているが、緊急避難所には備品はない。対策本部に詰めていた職員が、市内の大型量販店などを駆け回って物資を確保したという。

 想定外のことが重なった。市の災害状況を知らせる「緊急速報メール」が機能せず、県の緊急速報メールを使って避難を呼び掛けた。自宅で暮らす要介護者の避難に際して、介護施設への連絡や避難法、避難所への交通手段確保の検討も重なった。

 「職員は考えられる対応はとったが次々に問題が起き、結果的に対応が後手に回った。市民の方が冷静に対応していたと思う」と鶴裕之・市市長公室長は振り返る。

■HPで情報を提供

 市は対策として今春、市のホームページ(HP)に「行橋市防災ポータルサイト」を開設。避難所の一覧や市内を流れる河川の水位情報などの情報提供を始めた。加えて、(1)市民への情報伝達法の複数化(2)避難所運営に当たる職員数の見直し(3)土砂崩れなどが予想される地域への避難情報を知らせる受信機の配布‐などを検討している。

 市では1979年6月30日、梅雨期の大雨で長峡川など市内の4河川が氾濫し、市中心部など広範囲に浸水した。死者1人▽住宅の全半壊3棟▽床上、床下浸水7861棟▽田畑の流失・埋没など2078ヘクタール‐など大きな被害が出た。

 過去の経験は生きるのか。松本英樹副市長は「一人でも多くの市民に災害情報が伝わるように、対策を急いでいる」と話している。

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