「私が見たマイケル」

西日本新聞 オピニオン面

 「キング・オブ・ポップ」ことマイケル・ジャクソンさんが2009年6月25日に50歳で急死して、まもなく10年となる。

 マイケルといえば連想するのは、やはり「スリラー」のゾンビダンスや「ビリー・ジーン」のムーンウオークなど、神業的なダンス・パフォーマンスだろう。マイケルは何度もワールドツアーを敢行しており、世界各地のステージで、自ら選んだバックダンサーたちとともに趣向を凝らしたダンスを披露している。

 そのバックダンサーの一人に日本人の女性がいたことはファンの間でもあまり知られていない事実である。熊本市出身のユーコ・スミダ・ジャクソンさん=米国在住=だ。今回はユーコさんに「私が見たマイケル」を語ってもらった。

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 ユーコさんは1966年生まれ。ダンスのキャリアを積もうと19歳で単身渡米し、24歳の時にマイケルのツアーのオーディションに合格。世界各国を回る「デンジャラス・ツアー」(92~93年)に参加した。他にも通算6年ほど、マイケルとの仕事をしている。

 -常にマスコミに追いかけられていたマイケルは、自分を固くガードしている印象がありましたが、実際はどんな人でした?

 「優しくて深い人間味のある人。立っているだけで優しさのオーラが出ていました。その半面、超人的な存在でもありました」

 -ダンサーやスタッフに対しては?

 「求めるものはもちろん高く、意見はちゃんと発信するんだけど、怒ったり声を荒らげたりというところを見たことがない。思うようにいかないと『悲しい』と表現してましたね。それでこちらは『もっと頑張らないと』と思うんです」

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 -優しさゆえに、怒りよりも「悲しみ」を感じる人だったのでしょうか?

 「スキャンダルを報じられていた頃、ステージの裏で、青白いというより透明な顔をして、マネジャーに肩を担がれて歩くマイケルを見たことがある。悲しみやつらさが彼を打つことがあまりにも多かったので、正直なところ、彼が長生きするとは思えなかった」

 残念なことに、その予感は的中してしまった。

 マイケルは日本ではエンターテイナーとして高く評価されたが、米国では「奇行のスター」としてメディアの好奇心の餌食となり、真偽不明のスキャンダルで激しいバッシングも受けた。ユーコさんの証言は、メディアを通さないマイケルの素顔を思い描く手助けとなるかもしれない。

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 10年前、マイケルの死に衝撃を受けたユーコさんだったが、「マイケルのことを伝えたい」という思いもあり、機会があればマイケルのダンスを教えるレッスンを開いている(ちなみに私もレッスン生である)。この7月にも熊本と福岡でトークイベントやダンスレッスンを計画している。

 死後10年、アーティストとしてマイケルの評価も定まったかに思われたが、米国では今年になって児童虐待疑惑を再び取り上げた映画が公開され、人物像を巡る論争は再燃している。

 日本では命日の25日の前後、各地の街中で、集まったファンがマイケルの曲で踊る「フラッシュモブ」のイベントが行われる予定だ。

 (特別論説委員)

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