柳原医師はいないのか 上野 和重

西日本新聞 オピニオン面

 「嘘(うそ)だ」。若者の大きな声が法廷に響いた。先日、リメークされたドラマ「白い巨塔」のワンシーン。財前教授の医療ミスを隠すため、裁判で虚偽証言を強いられた柳原医師が、良心の呵責(かしゃく)にさいなまれ発した言葉だった。最近、取材現場で明らかに嘘をついていると思う人たちに出くわす。そんな時、いつもこのシーンが浮かんでいる。

 鹿児島県の三反園訓(みたぞのさとし)知事と県職員が対外公務を相次いで直前にキャンセルし、県民を困惑させている。1月にあった県工業倶楽部の新年会の懇親会を突然欠席した。出席予定だった部署に理由などを尋ねた。担当者は「お答えできない」の一点張り。ところが自身も欠席した知事が記者会見で、担当課が対応すると発言すると一変。会費は県費で、職員5人が予算編成の残業のため、昼間の講演会だけ出て県庁に戻ったと説明した。

 懇親会は毎年の恒例行事。今年に限って残業を理由に欠席とはあまりに不自然だ。公費で賄われる業務を投げ出す判断を職員がするだろうか。

 4月の同県三島村の焼酎お披露目会は、知事が2日前に欠席連絡し、前日に職員8人が理由も告げずキャンセル。8人は四つの部署にまたがる。この担当課も当初はだんまりだった。知事会見後の説明では、たまたま8人とも仕事が入ったため断ったと言う。信じられない。まして私は複数の職員から、担当課が欠席を指示したと聞いている。

 県職員の対応は森友・加計(かけ)学園問題に通じる。多くの国民は財務官僚らの答弁が信じられなかった。官僚は政府を、首相を守るために嘘をついていると感じた。県職員も「上」を守るためだろうと推測される。ただ、親しい公務員の誰もが「自分がその立場になれば、そう言うだろう」「上ではなく自分を、ひいては家族を守るためだよ」と語る。知人は「柳原医師の行く末は決して明るくなかった。職員に告白を求めるのは酷ではないか」と理解を示す。

 元民放記者の三反園知事は報道機関の役割を「真実を伝えることだ」と話す。その言葉通り“ドタキャン”の真実にたどり着きたいが、当事者の証言なしには難しそうだ。

 「嘘つきは泥棒の始まり」。偽り言は悪事の道の第一歩だという戒めだ。職員は平気で嘘はついていないだろう。組織の論理に縛られ苦しんでいると承知の上で伝えたい。柳原医師は葛藤の末、真実を告白する道を選んだ、と。

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 ▼うえの・かずしげ 鹿児島市出身。民放勤務を経て2000年入社。筑豊総局や川内支局、鹿児島総局を経て、現在は鹿児島支局長。

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