【動画あり】こんなところに沖ノ島(1)70キロかなた心の目で祈り

西日本新聞 ふくおか版

 空気まで緑色に染まったような里山を5分ほど歩くと、しめ縄が張られた古い鳥居の前に出た。北九州市若松区小竹。鳥居の扁額(へんがく)には「沖津宮(おきつぐう)」とある。世界文化遺産の沖ノ島にある、宗像三女神の長女・田心姫(たごりひめ)を祭る神社と同じ名前だ。

 境内を歩くと、石の台に載った高さ約70センチの砂岩のほこらを見つけた。小さいながら屋根と壁がある。背面には直径約13センチのソフトボール大の穴が開き、向こう側に木立が見える。何のための穴なのだろうか。

 境内を歩くと、石柱に「沖津宮拝所」の文字を見つけた。ここは、沖ノ島にある沖津宮を拝む場所なのか。

 玄界灘の沖合にある沖ノ島。神のすむ島として、古くから入島が制限され、遠くから礼拝する「遥拝(ようはい)」が県内各地に広がった。このうち、はっきりした形で遥拝所が残っているのは、沖ノ島に最も近い宗像市大島にある世界遺産の沖津宮遥拝所のみだ。

 現在は木立に遮られている若松のほこらの穴。沖ノ島の方角が分かるアプリで調べてみると、沖ノ島の方を向いていた。この神社を調査した県文化財保護課の松本将一郎さん(36)は「沖ノ島の遥拝所だったと思われます」と語る。

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 若松の沖津宮は、ちょうず鉢に刻まれた記述などから江戸後期の創建とみられる。砂岩のほこらは風化がかなり進んでおり、保全が必要だ。

 宗像市に残る江戸期の史料には、宗像沿岸の水夫たちが川の蛇行を直す治水工事で立ち退きを命じられ、一部が若松に移ったという記述がある。ウグイスが鳴く林の中で出くわした海の神様。彼らが沖ノ島信仰を伝えたのか‐。

 大島も若松も、建物やほこらの背面から窓越しに沖ノ島が見えるような形をしている。「額縁の中の絵とも言える。そんな演出効果があったのかもしれません」と松本さん。里山から沖ノ島まで直線距離で約70キロ。見えたとしても豆粒のような島を、この地に移った海の民は心の目で見ていたのかもしれない。

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 世界遺産登録から7月で2年となる宗像市の沖ノ島。神のすむ島として立ち入りが禁止された島に、人々はどのような思いで祈りをささげてきたのか。県内各地に残るゆかりの地を歩いた。 

【ワードBOX】「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群

 2017年に世界文化遺産に登録された。宗像市の沖合約60キロに浮かぶ無人島・沖ノ島と周辺岩礁、離島の大島にある中津宮と沖津宮遥拝所、本土の辺津宮(宗像大社総社)のほか、福津市の新原・奴山古墳群で構成される。祭神は宗像三女神で、沖ノ島にある沖津宮に田心姫、大島の中津宮に湍津姫(たぎつひめ)、本土の辺津宮に市杵島姫(いちきしまひめ)が鎮座するとされている。

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