「人生被害」回復へ道 ハンセン病 家族へ賠償 原告、勝訴判決に歓声

西日本新聞 社会面

 雨が上がり、晴れ間の広がった裁判所前に大きな歓声が響いた。ハンセン病への差別が引き起こした「人生被害」に苦しんだ家族に対し、国に賠償を命じた28日の熊本地裁判決。弁護士が「勝訴」の紙を掲げると、支援者は感情をあらわにし、喜び合った。ただ、原告の一部の訴えは届かず、根強く残る差別に今も被害の実態を明かせない家族も多い。「判決は、家族の被害回復への第一歩だ」。ハンセン病問題の全面解決に向け、集まった人々は思いを新たにした。

 「ここまでの判決が出るとは思っていなかった」。561人の原告団の団長として先頭に立ってきた林力さん(94)=福岡市=は、判決後に熊本市であった記者会見で穏やかに話した。

 13歳のころ、父親が国立ハンセン病療養所「星塚敬愛園」(鹿児島県鹿屋市)に収容された。自宅が真っ白になるほど消毒されて「らいの家」と差別を受け、結婚を考えた女性とも別れた。国の責任を認めた判決に「これを踏まえて教育がなされ、この国の人権状況が変わっていくと確信している」と前を向いた。

 弁護団の八尋光秀共同代表も「家族の回復への第一歩。国民全員で偏見差別をなくすスタート台に立った」と力を込めた。

 一方、両親や姉たちが療養所に収容され、1人で児童養護施設に預けられた原告副団長の黄光男さん(63)=兵庫県尼崎市=は、1人最高143万円の賠償金について「台無しにされた人生、こんなお金で何が変わるのか」と複雑な表情を見せた。

 ただ、隔離政策により家族が差別偏見の被害を受けたと認められたことで「家族との関係を取り戻す段階に入った」とも評価。現在も療養所で暮らす入所者は全国で千人を超える。入所者の家族に向け「この判決で、もう口を閉ざす必要ないと思う。ぜひ自分の父や母に電話だけでもかけてもらえたら」と呼び掛けた。

 2001年のハンセン病国家賠償訴訟判決の原告で、元患者の上野正子さん(92)=鹿屋市=は「私の病気が原因でいじめを受け、原告になった2人の弟たちに早く電話し、『勇気を持って立ち上がって良かったね』と伝えたい」と喜んだ。

 四国の70代の男性原告は「家族の被害を認めて国の違法性を認定したことは評価できる」としながらも「家族に対して国に謝罪するよう踏み込んでほしかった」と話した。

 この日、熊本地裁の傍聴券を求める抽選には400人以上が並び、法廷に入れなかった支援者は地裁正門前で判決を待った。

 「勝ったぞ」。午後2時すぎ、島翔吾弁護士(29)らが「勝訴」と書かれた紙を掲げると拍手と歓声が湧き起こった。島弁護士は「判決を読み上げる途中で勝利を確信し、涙が止まらなくなった」と話した。

■弁護団、救済立法を働き掛けへ 国に控訴断念申し入れも

 ハンセン病元患者の家族の被害を認め国に賠償を命じた28日の熊本地裁判決を受け、弁護団は今後、国に控訴断念を申し入れるとともに、幅広い被害救済に向けて国会に立法措置を働き掛ける方針。これまでに声を上げられなかった家族の掘り起こしを進め、追加提訴も検討するという。

 弁護団は7月2日に国会に出向き、議員に補償制度創設のための立法を呼び掛ける予定。安倍晋三首相や根本匠厚生労働相への面会も求め、控訴しないよう申し入れる。また、家族の問題には触れられなかった2009年施行のハンセン病問題基本法を改正し「家族も隔離政策の被害者」などと明記するよう求めたいとしている。

 ハンセン病問題を巡っては、01年5月の熊本地裁判決が強制隔離政策を違憲と判断。国は控訴せず、元患者に謝罪した。翌月には議員立法でハンセン病補償法が成立。元患者ら本人に対しては幅広い救済が実現している。

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