旧日本軍の無謀さを語るとき、筆頭に挙がるのが1944年のインパール作戦である…

西日本新聞 オピニオン面

 旧日本軍の無謀さを語るとき、筆頭に挙がるのが1944年のインパール作戦である。投入した将兵3万人以上が亡くなり、敗退路は力尽きた者たちが連なって「白骨街道」と呼ばれた

▼ビルマ(現ミャンマー)からインドへ、大河を渡り標高3千メートル級の山脈を越えて進む。膝まで没するぬかるみ。苦労して運んだ野砲は日露戦の遺物のような武器で、戦力差は歴然。補給は絶え、飢えと病気が襲った

▼行軍計画は地形を無視した無理な日程だった。作戦自体、敵の戦力分析もしないまま立案。科学でかなわないと「大和魂」の精神論で突撃を繰り返させた

▼九州出身者を含め野山には今も兵の遺骨が散る。一方で責を負うべき司令官は敗戦前に帰国し、戦後まで存命。「作戦失敗は部下の無能さのせい」と語ったそうだ

▼インパールに今月末、平和資料館が開館した。鉄兜(てつかぶと)や遺品など500点を展示。平和や和解のシンボルを目指すという。その地は当時、英国の植民地だった。「英軍と戦う日本兵は、敵ながら住民に民族意識や自主独立の機運を高めさせた」と聞いたことがある。日本兵が命と引き換えに植えた、貴重な“種”と言える

▼作家の伊藤桂一さんは「軍指導部は兵力の行動を図上戦術で考え(略)一人として現地を具体的に歩いた人はいなかった」と作戦が象徴する日本軍の体質を指摘する。日本人こそ忘れず、向き合わねばならない地であろう。

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