最高裁「非開門」 原点に返り有明海再生を

西日本新聞 オピニオン面

 時には「闘い」や「戦争」という物騒な言葉さえ飛び交う争いになっていた。

 有明海沿岸の地域対立に終止符を打つ好機が訪れたと、積極的に捉えるべきである。

 最高裁が国営諫早湾干拓事業(長崎県諫早市)を巡り、潮受け堤防排水門の「開門」は認めないという判断を示した。

 堤防と排水門の閉め切り(1997年)で有明海に漁業被害が生じたとして、国に開門を求めるなどした2件の訴訟で漁業者側の訴えを退けた。営農者側は農地に塩害が生じるとして開門しないよう国に求めていた。

 訴訟が乱立する中で、最高裁が初めて出した決定である。7月26日に残る1件の訴訟の弁論が開かれるが、今回と同じ裁判長が裁くため、長年の法廷闘争に決着がつく可能性がある。

 一連の争いの根底にあるものは何なのか。この際、改めて原点に立ち返るべきである。

 かつて「宝の海」と呼ばれるほどの漁獲量を誇った有明海の再生であり、沿岸地域の豊かな環境を生かした農業の育成であるはずだ。開門するか否かという矮小(わいしょう)な議論ではないだろう。

 まず前提とすべきは、有明海の不漁と堤防閉め切りの因果関係の有無を証明できる研究成果はないという事実だ。

 比較研究に必要な閉め切られる以前の観測データが少ないことが大きい。河川からの土砂流入量の減少など生態系の変化も指摘される。ノリ養殖で使う酸処理剤が一因との見方もある。地球温暖化の影響とみられる不漁は全国規模で起きている。

 だからこそ漁業者側が主張する開門調査は必要である。7キロに及ぶ堤防のうち250メートルの排水門を開けるだけだ。それで有明海の環境が好転するはずがないと営農者側が主張するのなら、十分な塩害対策を施した上で規模や期間を吟味して調査を行い、実証するほかない。

 これ以上の対立を望む者は誰もいない。漁業者、営農者の双方が司法に判断を求めた結果が最高裁で示された。

 「勝った」「負けた」にとらわれず、新たな協議のスタート台とすべきだ。争いが長期化すればするほど当事者以外の関心は薄れ、有明海再生への共感も遠ざけてしまうことになろう。

 そもそも事業は戦後間もない52年、食糧増産を目的に構想が打ち出された。米の減反といった状況変化の中でも、目的に防災を加えるなどして継続され、今日の地域対立につながった。

 国に対する当事者の不信は大きい。国は「非開門」にこだわることなく有明海と沿岸地域の将来像を具体的に示し、複雑に絡まった糸を丁寧に解きほぐしていく責務を負っている。

PR

社説 アクセスランキング

PR

注目のテーマ