炭坑絵師・山本作兵衛さんの絵と人生 丹念に 記録映画、7月6日公開

西日本新聞 夕刊

 明治から昭和期に福岡県・筑豊地方の炭鉱で働き、後に描いた数多くの炭坑記録画が世界の記憶(世界記憶遺産)になった炭坑絵師、山本作兵衛さん。その作品と人生に日本の近現代を重ねて描くドキュメンタリー映画「作兵衛さんと日本を掘る」(熊谷博子監督)が、7月6日から福岡県内の3館で一斉に公開される。

 映画は、作兵衛さんの記録画や日記に人生を絡めながら、石炭が支えた日本の近代化や戦争、戦後復興、高度成長、閉山ラッシュという時代背景を織り込んでいく。子や孫、親交があった記録作家上野英信さんの長男の朱さんや作家森崎和江さん、画家の菊畑茂久馬さんらからこぼれ話を拾う。

 熊谷監督は、女坑夫の絵を丹念に撮った。ズームアップし微妙な表情も映し出す。飯塚市の高齢者施設で元女坑夫、橋上カヤノさん=撮影時103歳=の取材にこぎ着け、絵の世界と現実を結びつける。

 題を「-日本を掘る」と決めたのは、米騒動で揺れた1918年、筑豊の炭坑夫たちが起こした騒動を巡って、経営側に賃上げを求めた兄が逮捕された経緯を記す作兵衛さんの日記を読んだ時だ。〈思ヘバ悲シ 我々勤労者ナリ 物價(ぶっか)ハ騰貴スル 勤労賃金ハ其侭(そのまま)ナレバ 如何(いか)ニシテ生活スルヤ 上ニ在リシ智識者ハ皆富豪ノ番犬デアリ 何で貧民ノ状況ヲ 如何ニシテ知ルベケンヤ〉とあった。

 「胸がずきんときた。今の日本と人々の在りようは、作兵衛さんの時代からどこが変わったのか、と。使い捨てにされる労働者は今も多い。炭鉱労働者と原発労働者とどこが違うのか、と思った」。来年の東京五輪へお祭りムードが盛り上がる裏で原発事故避難者がなお多い福島と、高度成長の列島が沸いた前回の東京五輪の裏で失業者があふれた筑豊がダブった。

 熊谷監督は東京生まれ。父親は開業医で、富裕層の子弟が多い私立校で学んだ。後輩に安倍晋三首相がいた。「貧困を知らずに育った反省がある」と言い、映像の世界に入ってからは困難を抱えた人々を撮り続ける。「三池-終わらない炭鉱(やま)の物語」(2005年)では、争議や炭じん爆発など三池炭鉱史を掘った。

 今作は製作に7年かかった。産炭地・筑豊の実像がなかなか結ばない。撮影開始5年の頃、地域の被差別感を吐露してもらった時、いけると思った。

 「作兵衛さんの絵の背後には、炭鉱で働いて犠牲になった名もない大勢の人たちがいる。その土台の上に今の生活や国があることを映画できちんと伝えたいと思った」。熊谷監督はこうも言う。「炭鉱には諦めずに掘っていく、自ら坑道を切り開いていく、いわば『炭鉱力』があった。労働歌『ゴットン節』や世界記憶遺産も生んだ。仲間で助け合う良さもある。そんな力を映画で感じとってもらえれば」

 ▼山本作兵衛 1892(明治25)年、福岡県嘉麻郡笠松村鶴三緒(今の飯塚市)生まれ。石炭を運ぶ川舟船頭から炭坑夫に転じた父親について7歳の頃から入坑。筑豊各所の中小炭鉱で働いた。炭坑画は60代半ばから「子や孫に伝えたい」と始め、92歳で亡くなる直前まで絵筆を握った。坑内労働や炭鉱住宅の暮らし、事故、暴力まで炭鉱の全貌を描き出し、その数は2千枚ともいう。2011年、絵と日記など697点が国内で初めて国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界の記憶(世界記憶遺産)に登録された。

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 ●福岡県内3館、大分でも

 7月6日から福岡市のKBCシネマ、北九州市の小倉昭和館、大牟田市のセントラルシネマ大牟田で一斉公開。大分市のシネマ5では同月27日に公開予定。

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