佐世保空襲74年、犠牲者を追悼 遺族ら112人参列

西日本新聞 長崎・佐世保版

 太平洋戦争末期に1200人以上が亡くなった佐世保空襲から74年を迎え、佐世保市は29日、死没者追悼式を同市平瀬町の市民文化ホールで開いた。遺族や市民ら112人が参列し、犠牲者の冥福を祈った。

 参列者は空襲犠牲者を悼む午前10時のサイレンに合わせて黙とう。空襲で父や姉ら家族5人を失った山領節子さん(90)=同市天神町=の遺族代表追悼の言葉が代読され「空襲は体験した者しか分からない。戦争はゴメンだ。令和の時代になっても平和が続くことを願っている」との思いを共有した。

 祇園小の児童は千羽鶴を祭壇に供え、祇園中2年佐藤海春(みか)さん(13)は「戦争を体験された方に話を聞いて、私たちの世代が佐世保空襲のことを伝えなければならない」と決意を語った。佐世保空襲犠牲者遺族会の臼井寛会長(85)は、同市戸尾町の旧戸尾小校舎にある佐世保空襲資料室の建物が老朽化しているとして再整備を提案。国による民間の空襲被害者の救済も訴えた。

 佐世保空襲は1945年6月28日深夜から29日にかけて、市内中心部を襲った。米軍機が投下した焼夷弾(しょういだん)により、市内全戸数の3分の1にあたる約1万2千戸が全焼、6万人以上が被災したとされる。

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