尊氏ゆかりの寺院跡、保全へ 国文化審が追加指定答申

西日本新聞 ふくおか版

 太宰府市の大宰府政庁跡近くにある寺院遺跡「原山」が今秋にも国特別史跡・大野城跡に追加指定されることになり、市は史跡公園として整備したい考えを持っている。四王寺山ふもとにあり、室町幕府を開いた足利尊氏(1305~58)も一時滞在したとされる寺。「中世の宗教都市としての太宰府の全容を考える上で重要な存在」(同市教委文化財課)で、公園は新たな太宰府の観光スポットになりそうだ。

 2015年、市道拡幅計画に伴う市教育委員会の発掘で本堂関連とみられる石垣や階段状の参道が出たのを機に調査が続いた。その後、13世紀の礎石建物跡(東西14・5メートル、南北11メートル)などが出て、市教委は昨年5月に「寺院の伽藍(がらん)中枢部とみられる」と発表。発掘成果を受け、国の文化審議会が今年6月、追加指定を文部科学相に答申した。

 原山の歴史をたどる時、欠かせないのが四王寺山の山頂部にあったとされる大野城と四王寺だ。7世紀、白村江の戦いなど緊迫した東アジア情勢下で、国防拠点として山頂を囲む形で築かれたのが古代山城・大野城だった。

 8世紀、大和朝廷は「朝鮮半島の新羅が日本を呪詛(じゅそ)している」との情報を得て、それに対抗しようと大野城に四王寺を建立した。四天王像が持ち込まれ、僧が西の方角を向いて日々お経を唱えていたとされる。

 これを機に、大野城は築造当初の軍事拠点から国家鎮護の山岳寺院へと変容していく。原山はその別院として858年、山の南東側斜面に完成。当時、唐に渡るために大宰府に滞在していた天台宗の高僧、円珍の弟子が開いたとされる。

 古い絵図などによると、原山が最もにぎわいを見せたのは南北朝時代の14世紀。後に室町幕府を開くことになる足利尊氏が後醍醐天皇側の軍との戦に敗れて九州に下った際、原山に一時滞在。勢いを盛り返した場とされる。時宗の開祖として知られる一遍(いっぺん)上人も訪れたという。

 大宰府史跡調査研究指導委員長の小田富士雄福岡大名誉教授は「原山遺跡は九州でも最大規模の中世の寺院跡」と評価、「周辺は住宅地で、追加指定でその本堂部分を残せることになったのはとても良かった」と話している。

福岡県の天気予報

PR

PR

注目のテーマ