大正時代の山笠標題が判明 学芸員「空白」埋める

西日本新聞 ふくおか都市圏版

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された博多祇園山笠で、空白となっていた大正時代の標題を博多町家ふるさと館(福岡市博多区冷泉町)学芸員の山田広明さん(64)が突き止め、企画展で公開している。標題は山笠の基礎資料でも欠落しているが、丹念に新聞記事を掘り起こし、ほとんどが判明した。ほかにも山笠史を振り返る上で興味深い記事を企画展で紹介している。21日まで。

 山笠史の基礎資料となっているのは、初代博多祇園山笠振興会会長の故落石栄吉さんがまとめた「博多祇園山笠史談」。理由は分からないが、1911(明治44)~19(大正8)年と25年、31(昭和6)~34年などの標題が記載されていない。

 そこで山田さんは数年前から、山笠報道で競い合った福岡日日新聞、九州日報(ともに西日本新聞社の前身)を県立図書館で調査。両紙が一致しない標題もあったが、大正時代についてはほぼ確認した。

 時代を映す標題が次々と見つかった。14年の西町流(ながれ)と恵比須流は保元の乱で敗れ、流された悲劇の武将・源為朝の琉球入り伝説を描く。曲亭馬琴が英雄譚(たん)として本にして、江戸時代に人気を集めた物語だ。また安藤広重の浮世絵で知られる「近江八景」は大黒流と東町流に登場。大正ロマンが一世を風靡(ふうび)し、物語性豊かな標題が好まれた時代をうかがわせる。一方、神国の表記も目立つ。大戦へ向かう時代の足音が聞こえてきそうだ。

 災害が頻発する現代だからこそ、人ごととは思えない記事もある。18年、博多は台風に襲われた。一番山笠は補強工事をしたにもかかわらず山小屋もろとも倒壊。新聞は「博多据山笠全滅」の見出しで現在の飾り山笠の原形である据山笠の被害を伝え、記事は「六本の山笠は殆(ほとん)ど全滅の有様(ありさま)」などと報道している。80歳の古老の話として祖父母からも聞いたことがない災害と、悲惨さを伝えている。

 ほかにも道の中央に建てられた山笠が市民の通行に支障がないようにスペースを取るよう警察から通達があった記事も。自動車の普及が始まり、急速に近代化が進む様子を示している。

 振興会の豊田侃也(かんや)会長は「歴史の空白を埋める調査に感謝したい」。山田さんは「一部の流の標題が分かっていない大正8年や、昭和初めの標題が分かる資料を持った方は情報提供していただければ」と呼び掛けている。

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