富野監督が描く「黒歴史」 上別府 保慶

西日本新聞 オピニオン面

 「黒(くろ)歴史」という言葉がある。振り返るのも恥ずかしい過去という意味で使われ、インターネットで広まった。

 実はこれ、SFアニメの富野由悠季(よしゆき)監督が20年前の作品「∀(ターンA(エー))ガンダム」で、封印された戦争の歴史を解き明かす物語のキーワードとして、劇中に盛り込んだのが始まりだ。富野氏は「∀ガンダム」の企画を練っていた1998年、NHKのドキュメンタリー番組「我々(われわれ)はなぜ戦争をしたのか」に触発されて、この「黒歴史」の着想を得たのだった。

 「我々はなぜ戦争をしたのか」は、米国がベトナム戦争に敗れて20年たった95年、ロバート・マクナマラ元米国防長官がベトナムを訪れ、かつての敵、ボー・グエン・ザップ将軍らに直接会って過去を検証した「ハノイ対話」の様子をまとめたものだ。

 対話は繰り返し持たれ、米国の側に、より多くの思い込みによる誤解があり、和平交渉の機会がみすみす失われていったことがあぶり出された。例えば、戦争の発火点となったトンキン湾事件では、米艦が領海を侵犯して受けた攻撃は1度だけで、米側が問題視した2度目の攻撃は、実はなかったことが分かった。

 また、大統領補佐官が南ベトナムを視察中に起きたプレイク基地攻撃も、現地の解放民族戦線の兵30人が独自に行ったものだったが、米国は組織的な挑発と誤認し、北爆へと踏み切った。

 さらに、ベトナムがソ連や中国の命令で動き、日本も含む周辺国をドミノ倒しのように共産化するという「ドミノ理論」も、実態を捉えていなかったことが分かった。当時のベトナムはむしろ、同盟国の中ソによる横車と内部対立に苦慮していた。それはベトナム戦争後に、中国がベトナムに中越戦争を仕掛けたことでも明らかになっていた。

 米国はベトナム戦争の本質を見誤って泥沼化を招き、戦後の対話でも敗れたのだった。「ハノイ対話」の後、米国とベトナムの経済交流は活発化して、今日に至る。

 「機動戦士ガンダム」(79年)を頂点とする富野氏の作品群は、国際政治や最新の科学情報を反映したリアルな筋立てでファンをつかんできた。「∀ガンダム」には、戦時中は見えなかったベトナム戦争の実態が投影されている。

 福岡市美術館で開催中の特別展「富野由悠季の世界」では、そんな作品世界を練るために書かれた企画書も読める。9月1日まで。単なるロボットアニメとはひと味違う深みをぜひ。「我々はなぜ戦争をしたのか」は平凡社が本にしている。 (編集委員)

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