小学1年の私は、柔道着姿で先を急いでいた

西日本新聞 社会面

 小学1年の私は、柔道着姿で先を急いでいた。放課後、柔道教室が開かれる中学校に向けて走っていた。中学の前の押しボタン式信号を押し、歩行者用信号が青になると同時に私は車道へ飛び出した。手前の車線は渋滞している。車の間を抜けると、左側から茶色の乗用車が迫ってきた。

 何とか渡りきろうとジャンプする。車の左前部が尻にぶつかり、吹っ飛ばされた。顔から砂地に突っ込み、口の中はジャリジャリと血の味がした。30歳くらいの会社員風の男が車から降りてきて「病院に行こうか」と聞く。一刻も早く帰りたくなった私は首を振った。男は走り去った。

 あれから38年。私は幸い生きている。一秒でも現場を通る時刻がずれていれば。そう思わされる悲惨な事故が全国で相次ぐ。息子たちには「青信号でも左右を見て」「飛び出すな」と言い続けてきた。子が外出している間、親は無事を祈ることしかできないのがもどかしい。 (野津原広中)

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