最古級すずり 内陸部にも 朝倉・下原遺跡で出土、弥生中期中頃

西日本新聞 社会面

朝倉市の下原遺跡の出土品の中から確認された最古級の硯(柳田康雄氏提供) 拡大

朝倉市の下原遺跡の出土品の中から確認された最古級の硯(柳田康雄氏提供)

下原遺跡地図

 福岡県朝倉市一木の下原遺跡で弥生時代中期中頃の最古級のすずりが出土していたことが、柳田康雄・国学院大客員教授(考古学)の調査で分かった。同時期のすずりは同県糸島市や佐賀県唐津市で確認されているが内陸部は初めて。日本独自の形状が普及していた可能性も強まり注目される。柳田氏は7日に糸島市で開く講演会で公表する。

 1981年の調査で住居跡から見つかり、当時は砥石(といし)とされていた。長さ14・6センチ、幅6・7センチ、厚さ2センチ。黒色顔料が全面に付着している。時期は同時に出土していた土器から判断した。これまで大分県日田市や熊本県阿蘇市などでも見つかっているが、時期が分からなかったり、弥生時代終末期だったりしていた。今回内陸部でも最古級と判断できるすずりが確認されたことで、柳田氏は「朝倉周辺では中国の青銅器をまねたと考えられる土器も早くから出土しており、背景を考えなければならない」と言う。

 今回のすずりは、黒色顔料の付着具合から中国や朝鮮半島で確認されている机にはめ込んで使う長方形のものとは違い、当初から一辺を斜めに切断したように加工されていたと考えられている。柳田氏は100例前後のすずりを確認しているが、ほとんどが同様の形で石材も出土地周辺のものが多く、「国内で生産され、使用方法が違っている可能性もある」と分析する。

 西谷正・九州大名誉教授(同)は「すずりは伊都(いと)国(糸島市)など脊振山地の北側が窓口となって受け入れられ、急速に広がって日本化され、独自の形になったのではないか」と話している。

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