認知症と生きる「希望」 吉田 賢治

西日本新聞 オピニオン面

 「認知症」と聞いて、多くの人が抱くのはネガティブな印象かもしれない。自分は関係ないと思う人も多かろう。かくいう私も、その一人だった。1人暮らしの伯母が認知症だ。遠方の一人娘が空路で通い、成年後見制度や入退院の手続きに追われていると知った時も「大変そうだなあ」と、どこか人ごとだった。

 とはいえ私が住む福岡県大牟田市は、認知症の人を地域で見守る運動に取り組む全国注視の先進地。連絡が取れなくなった認知症高齢者を捜し保護する模擬訓練の取材などを通し、支援の必要性や課題は理解していたはずだった。先日、市内であった認知症当事者たちが壇上に並ぶシンポジウムを聴講するまでは-。

 40~70代の4人は「認知症と診断された時は絶望を感じた」と異口同音に語った。それでも今は他の当事者を支援する側に回り、各地で講演もする。そんな姿に、一緒に登壇した大学生が感想を求められ「一番大切な人の名前さえ忘れるとか負のイメージがあったけど、普通じゃん」と率直に語った。それを機にシンポは本質に迫っていった。

 「私は普通じゃない」と胸中を吐露したのは、6年前に39歳でアルツハイマー型認知症と診断された仙台市の丹野智文さん。勤務先の自動車販売会社への道順も、上司の顔も忘れてしまう。「でも、さまざまに工夫しながら仕事を続けている」「優しさで周囲が何でもやってあげることが、逆に私たちの生きづらさにつながる面もある」

 5年前に51歳で認知症と診断された長崎県佐世保市の福田人志さんは、絵を描くのが好きだ。ただ、作品発表の場は決まって「認知症の人のコーナー」と嘆く。「認知症の福田人志と、ひとくくりにされるのは好きではない」

 行方不明と届け出があった、認知症かその疑いがある人の数は2018年に1万6千人超。25年には認知症高齢者は推計約700万人に…。状況の深刻さを強調する数字の奥に潜む当事者の思いを、私たちは的確に知った上で、寄り添えているだろうか。

 一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループが昨年11月に発表した「認知症とともに生きる希望宣言」は、認知症の人たちそれぞれに個性がある、という当たり前のことを気付かせてくれる。

 宣言は「不安や心配はつきませんが、いろいろな可能性があることも見えてきました」として「一足先に認知症になった私たち」から、こんな呼び掛けをする。当事者は支援される一方の存在ではなく、共生社会を一緒につくる一員だ、と。 (大牟田支局長)

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