江戸時代、長崎に置かれた奉行所を町の人は「くじら屋敷」と呼んだそうだ…

西日本新聞 オピニオン面

 江戸時代、長崎に置かれた奉行所を町の人は「くじら屋敷」と呼んだそうだ。幕府が直々に派遣するお奉行は殿様であり、領主であった。権力に加えて富もごっそりのみ込んでいたゆえの陰口だろう

▼現に、離任の時は屋敷から大量の荷を搬出したとか。南蛮渡来の逸品も含まれ、数年の勤務で生涯楽に暮らせる財を蓄えたと伝わる。時代劇「遠山の金さん」の父、遠山景晋(かげみち)も長崎奉行を務めたエリート官僚だった

▼鯨の名残は町の中に今もある。舟で運ばれた鯨肉を陸揚げしたという万屋(よろずや)町。街灯には鯨をあしらい、路面やシャッターにも鯨のイラスト。長崎くんちでは勇壮な「鯨の潮吹き」を演(だ)し物にしている

▼長崎に限らず九州沿岸には鯨とゆかりの地が多い。特筆したいのはヒゲを神前に奉納したり、墓を設けて弔ったりする習俗だ。単に肉や脂の供給動物と見るのではなく、自然からの授かり物として敬ってきた証しと言える

▼商業捕鯨が再開した。歓迎の一方で国際機関を脱退する是非、漁の範囲や捕獲頭数の制限に課題も指摘されている。固有の食文化を守るとともに、諸国へ引き続き理解を求めていく努力が必要だろう

▼作家の吉村昭さんが、和歌山の漁師の話として夫婦鯨のことを書いていた。雄を捕まえると「雌は悲しげについてきて浜から離れぬこともある」。反対に雌を捕った時は「雄は例外なく逃げ去る」-。あくまでも、鯨の話です。

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