フォーク編<428>村下孝蔵(10)

西日本新聞 夕刊

 先月末、熊本市のカラオケボックスで、村下孝蔵のファン12人が集まり、命日(6月24日)に合わせて偲(しの)ぶ会が開かれた。村下の映像を観(み)た後、各自が村下の曲を歌い合った。ヒット曲の「初恋」「踊り子」は全員の合唱になった。ささやかではあるが、心温まるファン同士の交流会は続き、予約時間をオーバーした。この輪の中に、福岡県久留米市の風音(50)=ペンネーム=もいた。

 風音は中学時代、地元ラジオから流れる村下の曲「ゆうこ」を耳にしたのが最初の出会いだった。

 「ランキング形式の番組で、村下さんの曲はいつも入っていたので耳に残った。本格的にファンになったのは『初恋』からですね」

 風音は村下のレコードを買うようになった。ただ、1980年代のアイドル歌謡全盛時代には一時、歌から距離を置いた。村下と再会するのは大学に入ってからだ。大学の売店に小さな「村下コーナー」があった。アルバム「名もない星」(92年)が並んでいた。

 「フォークというジャンルですが、詞、曲、声を合わせ、村下さんと同じような人はいない。単純にフォークという分野に収まらない人だと思います」

 風音は毎年、命日を挟んで6月から9月ごろまで、通勤の時に携帯型デジタル音楽プレーヤーに入れた村下作品100曲以上を全曲、聴き直している。曲名を言えば発売年がすぐに口に出るなど村下の百科事典的な存在だ。

   ×    ×

 村下は1979年の第1回CBS・ソニーオーディションでグランプリを受賞し、翌年、「月あかり」でプロデビューした。83年の5枚目のシングル「初恋」がヒット、確たる位置を獲得する。

 〈…夕映えはあんず色 帰り道一人口笛吹いて 名前さえ呼べなくて とらわれた心 見つめていたよ…〉

 風音は「初恋」「踊り子」は「私の中では殿堂入りの曲です」と言った。

 「初恋」は熊本県水俣市の中学時代の実体験をモチーフにしていることは知られている。中学時代の同級生たちも「初恋の人はいました」と語った。

 村下は自分の体験、経験を小さな核にして、世界を押し広げて昇華させる詩人である。「初恋」「踊り子」もそうだが、英単語が歌詞に出ることはほとんどない。万葉集や古今和歌集のような四季に彩られた美しい日本語-村下が目指そうとした一つの領域だったと言える。 =敬称略

 (田代俊一郎)

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