家族救済、扉ようやく 「長かった」原告安ど

西日本新聞 夕刊

ずっと置き去りにされてきた家族にも、ようやく救済の扉が開いた-。ハンセン病元患者の家族の被害を認め、国に賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相は9日、控訴断念を表明した。偏見に苦しみ、肉親との絆を断たれてきた原告は喜び、支援者も判断を歓迎した。

 「長かった」。原告団長の林力さん(94)=福岡市=は、ニュースを聞いて胸をなで下ろした。小学6年生のころ、父は国立ハンセン病療養所「星塚敬愛園」(鹿児島県鹿屋市)に入所した。父がいなくなった家は真っ白に消毒され、立ち入り禁止の札を掛けられた。病への偏見は家族にも及び、やがて林さんは父の存在を隠すようになった。

 転機は同和教育に携わったこと。「国が隔離することで、世間はハンセン病を特別な恐ろしい病気と考える」と思い、1974年の著書で父の病を告白した。それから半世紀近く、ハンセン病への思いを語り伝えてきた。

 自宅の机には今も、父の写真を飾る。「私はずっと父の背中を追って歩いてきた。ようやく、ここまで来た。『とうとうおまえもやったな』と、父も見てくれているでしょう」

 沖縄県の原告の女性(33)は、上京中に「控訴断念」を知り「(差別解消の動きへと)やっとスタートを切れると思った」。ただ、安倍首相は「判決には一部に受け入れがたい点がある」と発言し具体的な救済策の検討が今後の課題として残る。女性は「ぬか喜びはできない。むしろ、これからだ」と気を引き締めた。

 国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」(熊本県合志市)の入所者自治会長の志村康さん(86)は9日、記者会見し「安倍首相の決断には驚いているし、感謝している」と歓迎。恵楓園では入所者の家族が離婚し、その後、自殺したという話も少なくない。志村さんは「入所者とともに家族も苦しんできた。できるだけ広い救済をお願いしたい。家族が『私の兄弟はハンセン病でした』と言える社会になってほしい」と願った。

 今回の訴訟では、多くの原告が差別を恐れ、実名を隠した。ハンセン病市民学会元事務局長の遠藤隆久さん(70)=熊本市=は「家族の被害は表に出ることが少なかった。判決の確定を機に、深刻な被害の実態が明らかになり、差別解消につながることを期待したい」と話した。

「反省の気持ちあるか疑問」藤野豊・敬和学園大教授(近現代史)の話

 国は控訴を断念するとしたが、反省の気持ちがあるのか疑問だ。安倍晋三首相の「判決内容に一部受け入れがたい点がある」という発言は、国の違法な行為を反省し謝罪するのではなく、原告が気の毒だから賠償を受け入れるという印象を受けた。国は判決を正面から受け入れ、家族の被害を検証して今後の差別解消に向けた動きをするべきだ。判決が指摘したように、家族への差別は今に続いている。国にとって判決の受け入れがたい点は具体的にどこなのか。あいまいな姿勢のままで賠償だけ行われても、差別解消につながる道は開かれない。

「恒久的救済の一里塚に」厚生労働省の第三者機関「ハンセン病問題検証会議」の副座長を務めた内田博文・九州大名誉教授(刑事法)の話

 熊本地裁判決は、国の主張を退けて被害を認定したことと、法務省や文部科学省にも差別をなくす義務を認めた。国が控訴断念を決めたことは原告を含む被害者への恒久的救済の一里塚と思う。今後は個別被害を救済する仕組みをどう作るかが課題だ。

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