家族救済へ万感の涙 ハンセン病原告団会見 「やっと認められた」

西日本新聞 社会面

 差別と偏見に苦しみ、肉親との絆を断ち切られた家族に、ようやく被害回復の扉が開いた。ハンセン病元患者の家族の被害を認め、国に賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相は9日、判決を受け入れ、控訴しない意向を表明した。控訴断念を求め全国各地から上京していた原告や弁護団は国会内で会見し、「万感胸に、という思い」「やっと国が認めてくれた」と喜び、涙した。具体的な救済策の検討はこれからだが、原告らは「まずは首相が謝罪を」と求めた。

 「万感胸に、という思い。やっと国が認めた」。原告団長の林力さん(94)=福岡市城南区=は静かに語った。

 13歳の夏、父が国立療養所「星塚敬愛園」(鹿児島県鹿屋市)に入所した。残された母と2人、周囲の目を避けるように転居し、名前も変えた。父からは「絶対に人に知られてはならぬ」「終生隠し続けよ」とつづられた手紙が何度も届いた。

 教職に就き、同和教育や人権問題に向き合う中で、1974年、著書で患者の息子だったことを明かした。「金を積まれても、これまで受けた差別偏見には代え難い。国には偏見の解消に全力を注いでもらいたい」と訴えた。

 原告の一人で福岡県筑豊地方出身の奥晴海さん(72)=鹿児島県奄美市=は、自宅を出る前にテレビのニュースで知り涙を流したという。4歳の時に母が「菊池恵楓園」(熊本県合志市)に隔離された。患者の子らが暮らす「龍田寮」に預けられ、未感染児童と呼ばれた。亡くなるまで母を疎み関係を築けず、国の強制隔離政策に絆を裂かれた憤りを胸に生きてきた。熊本地裁が国に賠償を命じた6月28日は母の命日。「仏壇に判決を報告したばかり。きょうの日を一緒に喜んでくれているだろう」

 ハンセン病元患者の家族が集う全国唯一の「れんげ草の会」(熊本市)の立ち上げメンバーで、提訴への口火を切った原田信子さん(75)=岡山市=は「断念の一報を聞いて頭が真っ白になった。うれしかった」。他の原告や支援者と抱き合い涙を流した。

 8歳の時に、父が「松丘保養園」(青森市)に強制収容され、その後は母と2人で差別に耐えた。両親は今、新潟県の墓で眠る。「母は苦労した。国が認めたことを報告したい。私もそのうちお墓に入るだろうから、親子3人で仲良くしたい」と目頭を押さえた。

 この日、原告・弁護団は都内で国に判決の控訴断念を求める集会を開く予定だったが、控訴期限を待たずに安倍首相が判決受け入れを表明するという急展開に。弁護団の徳田靖之共同代表は「原告が厳しい状況の中で被害を訴えてきたことが政治家を動かした」と強調し、安倍首相に原告との面会を求めた。「国を代表して家族原告一人一人に謝罪を伝えていただきたい」と話した。

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