井上陽水の厳選された50曲で、「曖昧な日本語」の魅力を味わい尽くす

西日本新聞

 昔、井上陽水氏の「少年時代」が音楽の教科書に掲載される、というニュースを見たときには驚いたものだ。むろん名曲中の名曲ではあるが、J-POPが教科書に載るというのはやはり衝撃的だった。しかし本書『井上陽水英訳詞集』をひもといてみると、それもむべなるかな。井上氏の音楽の持つ「言葉の力」は実に強く、文学的で、奥深かったのだ。

 本書は井上氏の初期の作品からヒット曲まで50曲を厳選し、英訳したものとエッセイのような評論が載る。訳者は日本文学研究者であり、コメンテーターとしても活躍するロバート キャンベル氏だ。本書はただの「英訳詞集」ではない。主語もない、時制もない、非常に曖昧な歌詞と向き合いながら手探りで行われる翻訳作業に、評論パートでは日本史や文学史、著者自身の人生が絶妙に絡み合って、井上氏の音楽の新たな魅力を浮き彫りにする。

 たとえば「探しものは何ですか?」で始まる「夢の中へ」。英語に訳そうと思うと、まずタイトルでつまずくのだそうだ。「夢の中へ」の「夢」とは誰のものなのか。日本語であればわざわざ補足しなくともイメージが湧くが、英語だと私の(my)なのか、あなたの(your)なのか、私たちの(our)なのか、言葉を補足しなければならない。英語の文章では主語がIなのかWeなのか、主体が単数なのか複数なのか、男性なのか女性なのかを明確にしなければいけないからだ。

 さらに、「探しものは何ですか?」も難しい。落としものでも、既に見つけた探しものでもなく、「今探そうとしている探しもの」の英語が見つからないのだと著者は頭を悩ませている。まさに「探しものをしている真っ最中の苦悩」だろう。そんな苦労が50曲分も続くのだから、想像するだけで途方に暮れるような作業だ。

 しかし、著者はこの「曖昧さ」を「ふくらみのある多層的なもの」だととらえている。だからこそ、翻訳に挑戦する価値があるのだと。そして井上氏も、日本語の持つふくらみと、そこから生まれる情緒を隅々まで理解していたに違いない。それは、「少年時代」の「夏が過ぎ風アザミ」という歌詞に対して著者が「アザミは秋ではなく春の季語では」とコメントした際、井上氏は「僕らの仕事は真実を提出することをモットーにしているわけではない」と返したエピソードによく表れている。

 言葉の正確さよりも美しさを優先させる。そこに井上氏の持つ、極めて繊細で日本的な美意識が見える気がするのだ。

 

出版社:講談社
書名:井上陽水英訳詞集
著者名:ロバート キャンベル
定価(税込):2,916円
税別価格:2,700円
リンク先:http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000275860

西日本新聞 読書案内編集部

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