室町文化と美の実像 大串 誠寿

西日本新聞 オピニオン面

 室町幕府を開いた足利尊氏の肖像は、騎乗の武者として紹介されてきた。近年、これは別人を描いた「騎馬武者像」と分かり、束帯姿の「足利尊氏像」が尊氏を描いた絵とみられるようになった。逆臣として流布されてきた虚像とギャップがあるが、実像に迫った点は歓迎される。

 尊氏の孫、3代将軍義満にも虚像と実像のギャップを見る。金閣寺を背景に一休さんと頓知問答をする公家姿のイメージがあるが、実際の義満は剃髪(ていはつ)した法体(ほったい)で盛期を過ごした。両者が対面したならば2人とも僧形だから禅問答の様相となったことだろう。

 その義満の孫、8代将軍義政の場合は、実像自体に二面性があり、ややこしい。政治の無策ぶりを酷評される半面、日本文化の創造者として高く評価されているのだ。

 義政は数万の餓死者を出した飢饉(ききん)の最中にも邸宅造営に没頭したとされる。将軍継嗣問題が応仁の乱の一因となったが、遊興にふけるなど事態収拾への熱意を欠いた。しかし晩年、8年にわたり、政務の姿勢とは対照的な熱情を注ぎ、銀閣寺造営に取り組んだ。書院造りの和室をはじめ茶道、華道など世界が認める日本文化のほとんどが、ここから発した。東山文化という。

 義政が手掛けた銀閣は義満の金閣に対比されるが、実際には「銀」は用いられていない。上層黒漆塗り、下層白木造りの風雅なたたずまいだ。ただし、知名度抜群で豪奢(ごうしゃ)な金閣が、焼失した国宝の再現であるのに対し、銀閣は国宝だ。控えめではあるが現代に連なる和風文化の真実を伝えるその価値は計り知れない。

 九州国立博物館(福岡県太宰府市)で足利将軍家を軸に室町文化を総覧する特別展が始まる。展示物の一つに同館所蔵の至宝、尊氏が花押(かおう)を記した「日月図軍扇(じつげつずぐんせん)」がある。

 表に日輪を表す金箔(きんぱく)が押され、裏に満月を表す銀箔(ぎんぱく)が押される。後の室町文化の華となる金閣と銀閣の出現を予言しているかのようだ。

 満月を表す銀箔は黒変し、制作当初のまばゆさと大きなギャップがあるだろう。しかし、このいぶし銀の月には、数百年におよぶ時間経過を伝える真実の美が宿る。

 (デザイン部次長)

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