届かなかった「声」 山本 敦文

西日本新聞 オピニオン面

 有明海の波は静まりそうにない。

 国営諫早湾干拓事業(長崎県諫早市)で潮受け堤防開門を求める漁業者の上告をことごとく退けた最高裁判断(6月26日)。司法判断のねじれを「非開門」に統一したが、漁業者側弁護団は反発を強め、新たな訴訟の提起も辞さない構えだ。

 堤防閉め切りから22年。その是非を巡る論議が、戦後有数の大規模集団訴訟にも発展した公共事業が、地域にもたらしたものは何か-。

 「住民の分断です。今は本音でそれぞれの考えを述べることさえタブー視されている。本来ならば住民同士の利害調整を図らなければならないのに対立をあおった政治や行政の責任も大きい」。諫早市の元高校教諭、横林和徳さん(73)はそう訴える。

 3年前に発足した市民団体「諫早湾干拓問題の話し合いの場を求める会」事務局長。農業者や漁業者、市民などの当事者が「分断」を乗り越え、解決に向けて話し合う場を設けようと諫早市で署名活動を続けている。

 昨年11月からは干拓地の背後にあり、開門反対の声が根強い旧森山町の低地を1軒ずつ回った。改めて分かったのは「開門すれば水害が起きる」という不安と、「漁業者はカネ欲しさに裁判をしている」という反感だ。

 「誤解がある」と横林さん。漁業者側が主張しているのは、調整池の水位を現状と同じに保つ「制限開門」。防災の効果は今と変わらない。判決が確定した開門請求訴訟では、そもそも損害賠償を求めていない。一方で、かつては雨が降るたびに田や道が水没した苦労を語る住民の声に「堤防が必要と訴える気持ちも十分に分かる」。

 議論をかみ合わせる話し合いの場として期待したのが、最高裁だった。上告されていた3件の関連訴訟には漁業者や営農者、市民、国などが原告や被告となっており、全ての当事者が同じテーブルにつくチャンスでもあった。

 横林さんは今年4月、「多くの住民が話し合いによる解決を望んでいる」として、最高裁に和解解決を求める要望書を提出した。だが2件は上告棄却で裁判は終了。残る1件で和解協議が始まる可能性はあるが、当事者は40人余りの漁業者と国に限られる。

 「住民は誰もが子や孫のために地域を良くしたいと願っている。勝った、負けたの話ではないんですけどね」

 旧森山町の112人を含む4143人の署名を集めた横林さんにとって、最高裁は住民の声が届かない、遠い存在に思える。 (諫早支局長)

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