平和願う折り鶴30万羽超 高校生大使に託し20年

西日本新聞 長崎・佐世保版

 平和や核兵器廃絶を願って折り鶴を折り続け、今年で20年の節目を迎えた五島市玉之浦町の藤原良子さん(81)。これまで折った30万羽以上は高校生平和大使に託し、国連欧州本部に届けられている。「周囲の支えに感謝」という藤原さん。節目となる1万5千羽は15日、自宅で平和大使に手渡す予定だ。

 鶴を折り始めたのは51年前。次男の重久さんが、骨髄性白血病で長崎市の病院に入院した時だ。快方を祈り、気づいたら新聞のチラシで折り鶴を折っていた。重久さんは闘病の末、4歳で亡くなったが、隣で入院していた子の母から2000年、「孫が高校生平和大使になった」と連絡があった。「私も何かしよう」と千羽鶴を贈った。以来、毎年1万2千~2万羽を平和大使に託してきた。

 折り鶴は、4センチ四方の折り紙で作成する。完成した鶴は人さし指の第1関節ほどの大きさで、根気のいる作業だ。ほぼ毎日、食後や入浴後、家事の合間に居間のテーブルで折る。10年前からは指先に滑り止めのクリームを塗り、折るようになった。両手の親指と人さし指の指紋が薄くなってきたためだ。「無心に折ると数時間たっているんです」。その鶴を千羽でミシン糸につなげていく。

 3年前に85歳で亡くなった姉は長崎で被爆。母も入市被爆した。姉の背中や顔にはガラスの破片があったのを記憶している。

 「『いいことしているから頑張って』が姉からの最後の言葉でした。折り鶴作りは重労働ですが、夫の支えや、天国の母や姉、子どもが見守ってくれて続けてこられた気もします」

 藤原さんは20年を区切りにしようかとも考えているという。だが、「鶴を渡す時の平和大使の笑顔が続けてこられた原動力だった」と藤原さん。「まだ決めかねてますが、核兵器が存在する現状もありますし、高校生の笑顔を見たら今後も続けるかもしれませんね」と語り、自身も笑顔を見せた。

長崎県の天気予報

PR

PR

注目のテーマ