首相の解散権 もてあそぶ政治の危うさ

西日本新聞 オピニオン面

 首相だけが持つ最高権力の源泉とされ、「伝家の宝刀」とも呼ばれる。衆院を解散して総選挙に持ち込む解散権のことだ。

 「首相の専権事項」という言い方もされ、本人が明言しない限り、首相以外の政治家は臆測でしか物が言えない。このため、発信源や根拠が必ずしも明らかでない風評が立つ。

 「解散風」である。先の通常国会の期間中、今回の参院選が近づくにつれて「安倍晋三首相は衆院を解散し、衆参同日選を断行するのではないか」という予想や推測が飛び交った。

 同日選は参院選の際、しばしば取り沙汰されるが、今回は度を越していた印象が強い。

 内閣官房長官や自民党幹事長など政府や与党の要職にある幹部が風を吹かせたり、あおったりしたのも気に掛かる。極め付きは、安倍首相が自ら「風は気まぐれで、誰かがコントロールできるようなものではない」などと発言したことだ。

 遺憾だったのは、与党だけでなく、野党も「解散風」に浮足だって衆院選の準備に追われ、終盤国会の審議がおろそかになってしまったことである。

 国民に厳粛な審判を仰ぐ解散権をもてあそぶような政治は危うい。何らかの歯止めを検討すべきではないか。

 そもそも憲法は「首相の解散権」を明記していない。ましてや「専権事項」とも書いていない。衆院解散の憲法上の根拠は、7条にある天皇の国事行為としての解散であり、69条の内閣不信任決議案可決か信任決議案否決を受けた解散である。

 現憲法下で衆院は過去、24回解散されたが、69条に基づく解散は4回にすぎない。あとは「内閣の助言と承認」に基づく7条解散である。7条解散は違憲訴訟も起きたが、最高裁が高度な政治性を理由に司法の審査権が及ばない統治行為として合憲か違憲かの判断を避けたため、その後は慣例として定着した。

 参院選で立憲民主党や国民民主党は、憲法に関する公約で「解散権の制約」を掲げた。憲法を改正してまで制約すべきことかという議論はあるだろうが、問題提起と受け止めたい。

 いつ解散されるか分からない衆院の特性が政治に緊張感をもたらすのであって、首相が国民に信を問う局面はある-。そんな考え方も根強い。だが、政権党の党首が最も有利な時機を見計らって解散を打つ、という恣意(しい)的な運用は戒めるべきだとの意見は、やはり説得力がある。

 与野党が話し合って一定のルールを作り、慣例とするのも一案だろう。国民的な議論をもっと深めていいテーマである。

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