大きな溝越え世界遺産へ

西日本新聞 オピニオン面

糸島市教育部文化課長岡部裕俊氏 拡大

糸島市教育部文化課長岡部裕俊氏

◆百舌鳥・古市古墳群

 今月6日、「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群」(大阪府)の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産登録が決まった。当該古墳群には、墳丘長500メートルを超すわが国最大の前方後円墳、「大山(だいせん)古墳」(堺市)など国内屈指の大型前方後円墳が多く所在する。宮内庁管理下にある天皇陵古墳も多く、構成資産には宮内庁が治定する「陵墓名」も併記されているのが特徴で、先の「大山古墳」にも「仁徳天皇陵古墳」が併記されている。

 天皇陵古墳については、近年、旧来の宮内庁の治定名によらず、地元呼称や地名などによる古墳の一般的な命名方法を採用する学術的な手法が広がりをみせている。この取り組みを提唱したのが考古学者の森浩一氏である。

 森氏は1965年に刊行された「古墳の発掘」において、治定に疑義を抱かせる天皇陵古墳には、学術的な根拠が担保されるまでの間、ひとまず一般的な命名法に倣って名づけ、考古学的な検証を経て被葬者像が固まった段階で治定することを提言した。

 現天皇陵古墳の被葬者名は、江戸時代に「延喜式」の記述を基に治定が進められた成果を基本としていた。そのため「記紀」に記された天皇の実在性を含め、古代史、とりわけ考古学的な検証が十分に行われていない現状を憂慮した多くの研究者の賛意を得ることとなった。近年の多様な視点からの古墳研究は新たな被葬者も導き出している。

 しかし宮内庁の認識との隔たりは大きく、二つの古墳観は世界遺産としての普遍的な学術評価を導き出す上で支障となることが懸念されていた。

 この背景には、天皇陵古墳を「国民共有の文化財」と位置付け情報の公開を求める考古学側と、「天皇家の固有墓地」としての尊厳を主張する宮内庁側との間に大きな溝があった。しかし両者はこれを乗り越え、登録に向けて大きく舵(かじ)を切った。歩み寄りへの苦悩の一端が、構成資産に示された「古墳」と「陵墓」の両名併記に垣間見える。

 一方、昨秋実施された大山古墳での発掘調査は宮内庁と堺市による合同で行われ、その成果が研究者や報道陣に初めて公開され注目を集めた。今後、天皇陵古墳に対し、治定陵墓としての尊厳にも配慮しながら、現代に継承された「文化財」としての価値をさらに高める新たな取り組みに期待が募る。

   ◇     ◇

 岡部 裕俊(おかべ・ひろとし) 糸島市教育部文化課長 1961年生まれ、福岡県糸島市出身。同志社大文学部卒業後、前原町役場(現糸島市役所)に入る。伊都国歴史博物館学芸員、同博物館館長などを経て現職。

PR

PR

注目のテーマ