芥川賞、誰が受賞する?文化部記者がすばり予想

西日本新聞 文化面

 第161回芥川、直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が17日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれる。芥川賞は福岡市出身の古川真人さん(30)の「ラッコの家」など5作、直木賞は既に山本周五郎賞を受賞している朝倉かすみさん(58)の「平場の月」など6作が候補入り。直木賞は初めて候補者全員が女性の顔ぶれとなった。令和最初の両賞選考会を文化部記者が展望した。

今村夏子「むらさきのスカートの女」

 ーまずは三島賞などを既に受賞している実力者、今村夏子さんの候補作は。

 A 「語り手はいったい何者か」という不気味な違和感が物語の冒頭から最後まで途切れず、不穏な空気感を作り出していた。

 B 読み進むにつれ、「むらさきのスカートの女」を不穏だと言い立てる語り手自身の不穏さが膨らんでいく。語り手の正体は後半で明かされるが、不穏な印象は消えない。

 C 語り手の「黄色いカーディガンの女」が不気味。純度の高いストーカー小説。恐ろしいほどの熱量で追い回すのに人間的な心の機微を全く感じさせないカーディガンの女は村田沙耶香さんの「コンビニ人間」の主人公に重なった。

 D 「むらさきのスカートの女」と一緒のバイト先になるための“戦略”には笑った。

 E 読者によって、ユーモア小説にも、不気味な話にも、痛ましい物語にも姿を変える。今村さんらしさが凝縮されている。

 F ただ過去2度の今村さんの候補作より弱くないか。

古川真人「ラッコの家」が掲載された文学界1月号

 ー今村さん同様に3度目の候補、古川真人さんは。

 A 古川さんがずっと描いてきた長崎の島にルーツがある一族の話で、高齢で弱視の「タツコ」が主人公。過去作と登場人物は地続きだが、改行もカギ括弧もない「意識の流れ」のような文体に変化した。水中でもがくイメージとモチーフのラッコが重なり、水面からようやく顔を上げるラストまでの流れが心地いい。

 B 方言が多用され、九州方言のネーティブではない読者には、別世界の出来事に感じられるだろう。タイトルにつながるスマートフォンの音声認識がうまくいかないエピソードも異世界っぽさを強調する役割を果たした。方言を土着性ではなく、異世界を構築するのに使おうとした点が新しい。

 F 父権の強い九州の一族を女性目線で男性作家が描いたのも今っぽい。

 C 丹念に読めば濃密な人間関係が立ち上がるが、ねっとりとグルーブ感あふれる文体に読みづらさを感じる人もいるはず。選考委員が「古いようで新しい」と取るか「新しいようで古い」と受け止めるのか。

 G 単体の作品での評価が難しい。西村賢太さんの北町貫太もの、と同じように、過去作と呼応して読者の楽しみが広がる。

高山羽根子「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」が掲載された、すばる5月号

 ー高山羽根子さんは2度目の候補。

 E 少女時代の様々なエピソードが切り抜かれる。思い出の時間を行き来しながら、それぞれのかけらがイメージとしてつながっていく。主人公の「私」が意図的に語り落としたことに目を向けると、伏線が張り巡らされており、読み返すたびに新発見がある。

 B 自由連想のような回想の断片が、最後になって見事に回収される。

 D ヘルメットやおばあちゃんの「エロい背中」、小さい虫など、前半の脈絡なさそうな回想がうまく後半につながっていた。

 C 前回候補作「居た場所」より取っ付きやすい。些細な挿話で場面を彩る筆力にも磨きがかかっていて、「エロい背中」の描写は秀逸だった。

 G 前半の断片を後半につなげる手際は見事だが、もう少し長い作品として読みたい題材だった。

古市憲寿「百の夜は跳ねて」

 ー同じく2度目の候補の古市憲寿さんは?

 A 前作「平成くん、さようなら」はタワーマンションに住むセレブが主人公で、今回はその窓を清掃する低所得男性が主人公。タワーマンションが神殿のように描かれ、道具立てがうまい。頭の中で聞こえ続ける元同僚の声を織り交ぜ、「意識」の焦点によって絞られる視界や聴覚の表現も巧み。社会学者らしく登場人物それぞれが現代社会の象徴的存在で、それが作為的だと感じる読者もいるかもしれない。

 B 就職に失敗した主人公が、高齢女性の依頼で高層マンションなどの各部屋を一生懸命盗撮するうちにワーキングプアの無気力な心境を脱していく。ここには「信頼に応えて努力する」ことが大切という平凡な主張がある。デビュー評論「絶望の国の幸福な若者たち」では若者の現状肯定的な価値観を肯定したが、本作は、そこから抜け出すことを是とする。古市さんの成長なのか、変節なのか。

 C 前作、本作ともに「死」が大きなテーマ。重い主題に向き合い続ける姿勢は好感が持てる。

 E 若者の格差意識や虚無感を物語に盛り込み、同時代的。前作より小説っぽくなった。

李琴峰「五つ数えれば三日月が」が掲載された文学界6月号

 ー初候補の李琴峰さんの作品は?

 B 台湾出身の主人公が金融商品を扱うビジネスウーマンとして東京で働き、大学院で同級の日本人女性は台湾の男性と結婚して台湾で暮らすという対比が、国際化が進む現代を切り取っていて面白かった。

 A 七言律詩が重要な役割を担うのは新鮮。中盤で主人公の性別を明らかにする仕掛けもよかった。

 H 台湾料理がおいしそうだった。日本と台湾で異なる漢字語を、ルビで表現したのも面白かった。

 D 仕事をするかしないか、キャリアかノンキャリアか、結婚するかしないか、出産するかしないかで、女性は知人との関係が変わっていく。そのリアリティーは感じなかった。

 E ナショナリティーとセクシュアリティーのはざまで生きる2人を描くが、「外国人が描いたLGBT小説」という枠を超えられていない。

 ーずばり受賞作は?

 B 今村さん。最後まで緊張感をもって描ききる筆力は他を圧している。

 C 今村さんが大本命。今村、古市作品の主人公はいずれも文字情報としての人物像は浮かび上がるが、血の通った人間という印象が薄い。「登場人物のAI化」とも言え、「ポスト・コンビニ人間」の作品群と命名したい。

 E 今村さんは世界観の完成度が飛び抜けていた。破綻なく高いレベルで小説世界を構築した高山さんと同時受賞を期待。

 A 地元九州からの応援も込めて古川さんを推したい。2作受賞なら可能性は十分ある。

 

PR

PR

注目のテーマ