中絶巡る「文化戦争」激化 南部アラバマ州で全面禁止法成立 トランプ支持 保守派攻勢

西日本新聞 国際面

「アラバマの州法は行き過ぎだ」と語るブレイクリーさん。「中絶反対の人から非難されるかもしれないが…」と表情には悲愴感が漂う 拡大

「アラバマの州法は行き過ぎだ」と語るブレイクリーさん。「中絶反対の人から非難されるかもしれないが…」と表情には悲愴感が漂う

5月下旬、中絶禁止法に反対するため、ワシントンの連邦最高裁前で抗議集会を開いた女性たち 中絶医療施設の前で「州法に満足している」と話すゲンスマー牧師。近くで施設の新設計画が進むが、建設業者などに働き掛けて阻止を目指すという=アラバマ州バーミングハム

 ●胎児の命か 女性の権利か

 来年の大統領選を前に、米国で人工妊娠中絶を巡る論争が再燃している。トランプ政権下で、厳格な中絶禁止法を成立させる州が相次いでいるからだ。全面禁止を目指すアラバマ州では、「子の命を守れ」と訴えるキリスト教福音派ら保守派が勢いづき、中絶容認派は「女性への攻撃だ」と猛反発。信仰や道徳的価値観も絡む「文化戦争」が激化し、街には緊迫感が漂っていた。(バーミングハムで田中伸幸)

 6月末に訪れたアラバマが位置する米南部は「バイブルベルト(聖書地帯)」と呼ばれる。聖書の教えを忠実に守るキリスト教徒が多く、胎児も固有のDNAを持つ1人の人間と考え、その命を奪う中絶は「殺人」と固く信じる。

 そんなアラバマの田舎で生まれ育った黒人女性ブレイクリーさん(25)にとっても、中絶は「学校で教わったこともなく、是非を議論する必要もない」無縁の存在だった。2年前、悲劇に見舞われるまでは-。

 2017年1月、親元から離れ、州中部のカジノで働いていたブレイクリーさんは同僚に強姦(ごうかん)された。親友の女性にだけ打ち明け、家にこもり、ショックと怒りに打ち震えながら忘れようとした。だが、程なくして生理が来ないことに気付いた。妊娠していた。

 連絡を絶っていた同僚に伝えると「記憶がない」としらを切られた。子育てする金銭的余裕もない。「産むわけにはいかない。でもどうすれば…」。インターネットで見つけた“ヤミ中絶”とみられる薬物の服用が安全とは、到底思えなかった。そんな時、親友がアラバマにも中絶手術を受けられる医療施設が数カ所あると調べてくれた。

 早速、州中部にある医療施設を訪れた。敷地の外には「子どもを殺すな」「早まるな」と声を荒らげる人たちが待ち構えていた。

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 「私たちは平和的に、他にも道はあると情報提供をしている」。州北部の最大都市バーミングハムを拠点に、四半世紀にわたり中絶反対を訴え続ける福音派のゲンスマー牧師(68)は、州内の医療施設の前で仲間たちが行っている活動についてこう説明する。

 中絶を望む女性に、胎児にも母親と同じ命の尊厳があると説き、育てられない場合は養子制度の活用を呼び掛けてきた。「養子の受け入れ体制は充実している。実際、レイプ被害者が中絶を思いとどまり、子を養子に出した例もある」

 それでも、ブレイクリーさんの意思は固かった。アラバマは黒人差別の歴史を抱え、今も白人との所得格差が指摘される。「黒人の子の引き受け手が多いとは思えない」。手術のため再び医療施設に向かう日の直前、決断を打ち明けた両親も養子を勧めたが「産めと言うなら私は死ぬ」との娘の叫びを受け入れた。

 17年3月、堕胎。おなかの中の胎児の写真は今も忘れない。「人生最悪の日。でも、後悔はしていない」

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 今年5月、アラバマ発のニュースに衝撃が走った。母体への危険が生じた場合以外、強姦や近親相姦(そうかん)であっても中絶を禁じる州法が成立したからだ。手術を受ける女性は責任を問われないが、医師には最高99年の禁錮刑を科すという全米で最も厳しい内容。中絶を女性の権利と認めた1973年の連邦最高裁の判例に反するのは明白だった。

 前後して、与党・共和党が強い保守地盤の南部や中西部を中心に、中絶を厳しく規制する州法の成立が続いた。引き金を引いたのはトランプ大統領だ。前回大統領選で中絶を嫌う保守層の支持獲得を目指し「中絶反対の最高裁判事を指名する」と公約。実際に2人を指名し、判事9人の過半数が保守派になった。その結果、「判例をひっくり返せる」と踏んだ地方議員らの動きに火が付いた。

 アラバマ州議会の共和党内には、レイプ被害者を例外としない法案に異論もあった。にもかかわらず法案を可決したのは、容認派の提訴を見込んで法廷闘争に持ち込み、「中絶を認めた不当な判例を最高裁で正面から問う」(法案作成者のジョンストン弁護士)という狙いからだ。

 州内からは「判例を覆す最強の法律」と評価の声が上がる。バーミングハム郊外の福音派教会で日曜の祈りをささげていた3児の母フィリーさん(43)は「レイプの結果であろうと子供に罪はなく皆、生まれてくるべきだ」とほほ笑んだ。憲法上、胎児も人間と認められる日を心待ちにする。

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 保守派の想定通り、全米で医療施設を運営するNPO「プランド・ペアレントフッド」などが、アラバマの州法施行阻止へ向けて提訴した。中絶禁止は当面は避けられる見通しだが、容認派の憂いは深い。

 女性の地位向上を目指す全国組織「全米女性機構」のハンセン支部長は「選択の自由を奪う法の制定は、女性を支配しようとする行為でもある」と非難する。入会希望者が急増し、反発の機運の高まりを実感する。ただ、州法が施行された場合は「10代の娘にアラバマから出るよう勧める」と複雑な心境も漏らす。

 「こんなに極端なことが起きるとは思ってもみなかった」と語るブレイクリーさんは今、中絶禁止反対を訴える集会に必ず参加し、取材にも応じる。「私のように中絶で救われる人がいると伝えたいから」

 だが、アラバマでは医療施設の爆破事件などが発生した過去があるだけに、不安もよぎる。ブレイクリーさんの活動を知った近所の誰かが、両親を厳しく責め立てるのではないかと思うと気が休まらない。

 「大丈夫と言ってくれるけど、心配」。思いを熱く伝え続けていたが、この瞬間だけ言葉に詰まった。

 ●世論二分 政争の具の恐れ

 来年の選挙で再選を目指すトランプ大統領は、米最大の宗教勢力とされるキリスト教福音派の支持つなぎ留めのため、中絶規制強化の姿勢を強めるとみられる。米国の世論を長年、二分する問題が改めて選挙の争点になるのは必至で、政争の具と化す懸念もある。

 米国内の報道によると、中絶に厳しい規制を科す州法案が提出されたのは、全米50州のうち16州に上る。他にも中西部ミズーリ州政府は、州内に1カ所しかない中絶手術を行う医療機関への医師免許更新を認めない方針を示すなど、トランプ氏の援軍を得た保守派の攻勢が各地で続く。

 一方、民主党が優勢な東部の州などでは、逆に妊娠後期の中絶を容認するような動きもある。ギャロップ社が6月に発表した全米世論調査では、過半数が「一定の制限下であれば中絶は合法」と回答。「いかなる場合でも合法」との回答も「いかなる場合でも違法」をわずかに上回った。

 大統領選の「接戦州」の一つ中西部オハイオのように、中絶に厳しい法律が成立した州では、中絶問題が選挙の勝敗を分ける重要テーマになるとみられる。

 ただ、中絶容認を掲げる民主党内では、大統領候補選出レースで支持率トップを維持するバイデン前副大統領が中絶に消極的な立場。それに乗じて他の候補がバイデン氏を痛烈に批判するなど「相手を引きずり下ろす政治ゲームの材料にしている」(民主党支持団体幹部)との声が上がる。トランプ氏は、アラバマの州法が除外しなかった強姦や近親相姦の被害者救済には理解を示しており、トランプ氏の強硬姿勢は「選挙対策上の見せかけ」と見る向きもある。

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