発禁の「プロレタリア美術集」発見 小竹町の兵士・庶民の戦争資料館

西日本新聞 筑豊版

日本プロレタリア美術集を発見した武富慈海副館長 拡大

日本プロレタリア美術集を発見した武富慈海副館長

プロレタリア美術集に収められた「音」というタイトルの作品

 「兵士・庶民の戦争資料館」(小竹町)の武富慈海副館長が、前館長の父・登巳男さんが残した遺品から、戦前に出版された「日本プロレタリア美術集」を発見した。満州事変が起き第2次世界大戦へと向かっていく時代に、社会主義者たちがデモを起こしたり、活動計画を練ったりする姿を描いた絵画などが収められている。識者は「発刊後、発禁本となった書籍で大変貴重」としている。

 プロレタリア美術は、労働者階級としての闘争を啓発するために生まれた芸術を指す。見つかった美術集は、日本プロレタリア美術家同盟が編集し、1931年に出版された。全113ページで「一般絵画」「ポスター・装幀」などのジャンルに分かれる。

 美術集は、慈海さんが5月に父親の遺品を整理していた際、戦前に特高警察の任にあたっていた祖父・操さんの資料から発見。知人に宛てた手紙から、操さんがひそかに保管していたものだと分かったという。

 作品集にある「音」というタイトルの絵画は、窓のそばに座る男たちの緊張感漂う表情を描写しており、慈海さんは「敵のスパイが近づいていないか警戒しているシーン」とみる。「早く行つといで」と題する絵画は、出掛けていく父を母子が見送る様子が描かれている。

 慈海さんは「仲間や家族間の『団結』が強調されている。団結して行動すれば何かが変わる、ということを伝えたいのだと思う」と分析。美術集に収められたポスターには「帝国主義準備を絶対反対!」「万国の労働者団結せよ!」などの言葉が並ぶ。

 県立美術館によると、プロレタリア美術は20年代後半ごろから全国的に広まった。ただ「第2次世界大戦が近づく30年代半ばにはプロレタリアートの考え方自体が禁じられ、美術集も発禁となった」(担当者)。出版物の統制状況などをまとめた「出版警察報」によると、美術集は1505部が発行されたが、その後発禁となり、378部が差し押さえられたという。

 県立美術館の担当者は「絵で思想を伝えることの威力を政府が分かっていたのだろう。現代の私たちの価値観で、この本が発禁となった意味を考えることが重要だ」としている。

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