博多の名店、71年の歴史に幕 すき焼きの「中洲ちんや」 別れ惜しむ常連客、“平成の歌姫”もファンだった

西日本新聞 夕刊

追い山を終え、中洲ちんやの前で集合写真を撮影する山笠関係者=15日、福岡市博多区 拡大

追い山を終え、中洲ちんやの前で集合写真を撮影する山笠関係者=15日、福岡市博多区

すき焼きを調理してくれる仲居さんと客との掛け合いも、ちんや名物の一つだ=福岡市博多区 博多祇園山笠の男衆から、お礼の言葉を受ける古賀人美さん(奥の右から2人目)=13日、福岡市博多区 閉店まで残りわずかとなり、ランチの時間には連日、長蛇の列ができている=17日午前、福岡市博多区 博多の人に愛された「中洲ちんや」のすき焼き さしの入った上質な肉

 福岡市・中洲にある、すき焼きの老舗「中洲ちんや」が27日で71年の歴史に幕を下ろす。2代目経営者で、10代の頃から店に立ち続けた古賀人美さん(71)が「もう十分やり切った」と引退を決意した。九州産の黒毛和牛を使ったすき焼きや洋食は、国内外の多くのファンに愛された。常連客は名物の味と古賀さんや従業員との別れを惜しみ、連日長蛇の列を作っている。

 ちんやは1948年、古賀さんの両親が中洲に精肉店を開いたのが始まり。50年ごろには精肉店を残しつつ、すき焼きや洋食を提供する現在のスタイルになっていたという。看板メニューは、細かくさしの入った牛肉が特徴的なすき焼き。ステーキや焼き肉定食を提供する1階の洋食店も、昼時のサラリーマンたちの舌をうならせてきた。

 味以外にも名物がある。お客さんの目の前ですき焼きを調理する、かっぽう着姿の仲居さんらとの触れ合いだ。古賀さんは「私たちは誰にも変わらない対応を大事にした。だから、親子孫の3代で通った人たちもいるんだ」と振り返る。有名歌手や大物俳優の姿も珍しくなかった。昨年引退した、あの「平成の歌姫」も店のファンだった-と、複数の常連客は明かす。

 「親から譲り受けた店を盛り上げなきゃいけない」と、店休日以外は毎日店に立つことをモットーにしてきた古賀さんが閉店を考えるようになったのは1、2年前。他の人に屋号ごと事業継承する手もあったが「他人がちんやを変えていくのは、きっと耐えられないと思った」。自分と同じ年に生まれた店は家族も同然、わが身のようでもあった。

 幕引きに選んだのは、博多祇園山笠が駆ける7月。長年、町内の中洲流(ながれ)のみならず、他流の男衆も支援してきた。長年付き合いのある中洲流の石川鉄也さん(51)は「古賀さんは若手を見つけては『ご飯を食べていき』と声を掛け、ごちそうしてくれた。まさに中洲のゴッドマザーだった」。山笠期間中の13日は20人の男衆が店の前に集まり、古賀さんに泣きながら感謝の言葉を述べた。15日には追い山を終えた中洲流の男衆が店前で集合写真を撮った。

 翌16日、店に「71年間ありがとうございました」と書いた横断幕を掛けた。閉店を聞きつけた客が引きも切らない。「地域に愛された店ができて本当に幸せだった。最後まで明るく営業したいね」。最終日まで残りわずか。いつも通り全力投球するつもりだ。

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