さらば鉄都のアーケード 北九州・八幡祇園町銀天街が撤去へ 設置60年、盛衰見守り 

西日本新聞 夕刊

商店街はシャッターを閉ざした店舗も目立つ=北九州市八幡東区 拡大

商店街はシャッターを閉ざした店舗も目立つ=北九州市八幡東区

八幡祇園町銀天街の入り口。アーケードは近く解体が始まる 多くの人が行き交っていた祇園町商店街=1967年

 かつて製鉄所の社宅に囲まれ、買い物客でにぎわった北九州市八幡東区の八幡祇園町銀天街で、建設から約60年たったアーケードが撤去される。屋根の老朽化に伴い、維持が困難になった。関係者は「往来を見守り続けたアーケードがなくなっても、地域に根差した商店通りとして頑張っていきたい」と語る。

 八幡祇園町銀天街協同組合によると、1945年8月の八幡大空襲で八幡東区の主な商店街が焼失。焼け残っていた祇園町筋に商店が移り、「青空市場」としてスタートした。戦後の復興とともに近所に製鉄所の社宅が建設され、60年にはアーケードが完成。100店舗ほどが軒を連ねてにぎわったという。

 買い物客の肩が触れ合うほどの混雑ぶりを見せたのは70年ごろまで。「鉄冷え」で社宅は減り、高齢化や大型商業施設の進出もあって客足は遠のくようになった。現在、組合加盟は20店舗ほどにまで減少した。

 組合はほぼ10年に1度、アーケードを補修してきたが、数千万円に上る費用を今後も負担し続けることは困難と判断。昨年2月には突風で屋根の金属板が飛散したこともあり、長年、理事長を務めた神谷英晃さん(5月に77歳で死去)が「組合費で賄えるうちに解体を」などと呼び掛けて、同6月に撤去を決めた。

 北九州市商業・サービス産業政策課によると、アーケードがある商店街は現在市内に40~50カ所。2015年には市都心部にある魚町サンロード商店街(小倉北区)と、副都心・黒崎の黒崎駅前新天街(八幡西区)が老朽化に伴いアーケードを撤去した。同課は「アーケードがなくなることで見通しが良くなる面もある。魚町や黒崎の商店街では夜市やカウントダウンイベントで、にぎわいづくりに努めている」としている。

 銀天街アーケードの解体工事は近く着手予定で、2カ月ほどで終了する見通し。現理事長の松丸順子さん(60)は「安全性などを訴えた神谷さんの尽力に感謝している。アーケードがなくなることを機に、利便性向上も目指したい」と話している。

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