岐路の選択 「改憲」より「暮らし」こそ

西日本新聞 オピニオン面

 緊急性のない「憲法改正」ではなく、現実を見据えた「暮らしの安定」にこそ、政治の力を発揮してほしい-。有権者が「政治の安定」に託した民意は、こう読み取るべきではないだろうか。

 第25回参院選はきのう、投開票され、自民、公明両党の与党が改選過半数を占めた。安倍晋三政権は信任を得た形だが、緩みやおごりなど長期政権の弊害に対する国民の厳しい視線を忘れてはならない。「1強」の厚い壁を突き崩せなかった立憲民主党など野党は出直しを迫られそうだ。

▼何のための「安定」か

 6年半に及ぶ長期政権の是非を問う参院選だった。巨大与党と四分五裂した野党の「1強多弱」状況を継続するか、それとも新たな変化を求めるか。有権者には「岐路の選択」だったと言っていい。

 自民党は「公明党を含む与党で改選議席の過半数」「非改選も含めて与党で過半数」など、あらかじめ勝敗ラインを低く設定していた。自公が圧勝した6年前の反動減を意識せざるを得なかったからだ。与党は「政治の安定を訴え、国民に信任された」と言うが、手放しで喜べる結果ではあるまい。

 そもそも「政治の安定」は何のために必要か。与野党で意見が鋭く対立し、世論も二分する憲法改正を短兵急に進めるためではない。「国民生活の安定」のためにこそ必要なのではないか。私たちが首相に問いたいのはここだ。

 「老後2千万円」の問題は、その象徴だろう。公的年金以外に2千万円の蓄えが必要-とした金融庁の審議会報告書である。国民の「老後資金」の将来に警鐘を鳴らす一方、報告書の受け取りを拒んだ政府や与党の姿勢がかえって年金不信を増幅してしまった。

 年金の問題は同時に少子高齢化と人口減少を考えることであり、社会保障と税の在り方を不断に検証することだ。それは大局的な観点と中長期の時間軸で、この国のかたちを論じることに通じる。

 厳しい現実や困難な予測を踏まえ、たとえ国民に痛みや負担が生じるとしても、逃げずに率直に訴えるのが政治本来の役割である。

 不安定な政治状況であれば、難度は増す。安定した長期政権にふさわしいテーマである。巨大与党の数の力と政治的エネルギーはぜひ、こうした切実な国民的課題にこそ使ってほしい。

 与党への信任を許した野党は、再建途上であることが浮き彫りになった。野党5党派は全ての1人区で候補を一本化して与野党一騎打ちの構図をつくり上げたが、急ごしらえの共闘にはやはり限界があったと指摘せざるを得ない。

 総裁の首相が改憲を訴える自民党に対し、野党は「家計重視」の姿勢で対抗した。10月からの消費税増税に「反対」でも足並みをそろえたが、政策を裏付ける財源など具体策で説得力を欠いた。

 そこで改めて想起したい。消費税率を10%に引き上げる道筋は、2012年に与党だった旧民主と野党だった自民、公明の3党合意に基づく「税と社会保障の一体改革」で決まった-ということだ。国民に増税の必要性を説く画期的な与野党合意だった。

▼国民的合意の道筋を

 にもかかわらず、政権を奪還した安倍内閣は2度も増税を延期した。旧民主の流れをくむ立憲民主、国民民主両党が増税反対を鮮明にしたことで、3党合意は名実ともに空文化してしまった。

 しかし、政治的な合意は崩壊しても、負担と給付の均衡を図る政策上の「ポスト一体改革」の取り組みは必要不可欠である。長寿化と人口減少の急速な進展を考えれば、3党が合意した7年前の時点より切実さは増したと言えよう。

 例えば年金、医療、介護、子育てなど社会保障は超党派協議で選択肢を練り上げ、政争の具とせずに国民的な合意形成を目指す。再びそんな所作を政治に望むのは無理な注文だろうか。

 何も政敵を論破する激突型の意思決定だけが政治ではあるまい。憲法改正の論議も本来、こうした姿勢に徹してこそ、もっと国民の理解が得られるはずだ。

 「憲政史上最長」さえ視野に入れた安倍首相に期待したいのは、そんな懐の深い政治である。

 世界に前例のない速さで日本の少子高齢化と人口減少が進む。今回の参院選で選出された議員の任期が満了する6年後の2025年には団塊の世代が全て75歳以上の後期高齢者となる。いわゆる「2025年問題」である。その備えにもう逡巡(しゅんじゅん)や猶予は許されない。

 歴史上どの国も体験したことのない難局にどう挑むか。政治の英知を結集すべきである。

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