【出自を知りたい 生殖医療と子の権利】<上> ドナーはだれ 隠された真実 「全てが崩れた」

西日本新聞 くらし面

AIDで生まれた石塚幸子さん。「技術を使って子どもが生まれた後に起こり得る問題を考えてほしい」と訴える 拡大

AIDで生まれた石塚幸子さん。「技術を使って子どもが生まれた後に起こり得る問題を考えてほしい」と訴える

 父親と血がつながっていない、と東京都の会社員石塚幸子さん(40)が知ったのは、23歳のときだった。

 遺伝性疾患のある父からの遺伝を心配し母に尋ねると、大学病院で他人の精子の提供を受けて石塚さんが生まれたこと、提供者(ドナー)は誰か分からないことを告げられた。

 「言わざるを得ない状況に追い込まれなかったら、一生伝えずに済ませようとしていたのか」。動揺する石塚さんに母は「なぜそんなに悩む必要があるのか」と言った。悩むことすら理解してもらえないことがつらく、「信じていたもの全てが崩れていった」。「産ませっぱなし」で母に告知を促さなかった病院への憤り、自分を生み出した技術への不安も渦巻いた。

 ドナーを特定できないことが、石塚さんをさらに苦しめた。第三者から精子や卵子の提供を受ける生殖補助医療(精子を子宮に注入する非配偶者間人工授精=AID、受精卵を子宮に移植する体外受精など)に関する法律はなく、ドナー情報を病院や公的機関が管理する規定もなかった。現在は学会がAIDについて会告を定めるが、医師が情報を保存する、ドナーは匿名-という内容だ。

 石塚さんは大学の卒業生名簿からたどろうとしたが、ドナーにつながる情報は得られなかった。自分は精子というモノと母親から“人工的”につくられたのか…。出生に「人の姿が見えないことへの不気味さ」は、今もぬぐえない。それでも「本当のことを知らされなければ良かった」とは思わない。「解決していないことが何か分かった上で行動を選べる。やっと本当の自分の人生を生きている」と実感するからだ。

 AIDは1948年から国内で無精子症などに悩む夫婦の間で実施され、1万人以上が生まれたとされる。石塚さんのように子が事実を知る例はまれだ。多くは親から告知されず、自分のルーツを疑うことなく、生きている。

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 世界的にも「出自を知る権利」を保障すべきだ、という認識が広がっている。

 遺伝上の親が不明なことで、子はアイデンティティーの喪失だけでなく、遺伝性疾患を知らぬまま成長したり、近親婚のリスクにさらされたりする。日本が批准する子どもの権利条約でも「子どもはできる限り父母を知る権利を有する」とうたう。

 しかし国内では、議論が止まっている。

 厚生労働省の審議会が2003年にまとめた報告書は、子は15歳に達すると、氏名や住所などドナーを特定できる情報の開示を請求できることや、その際は公的機関が子の相談に応じ、カウンセリングの機会が保障されていると伝えることなどを明記した。子どもの権利を最大限守ろうとする内容だった。

 報告書は生殖補助医療の規制も盛り込んでおり、規制に慎重な議員らからの反発で法案作成の動きは中断。議員立法を目指す自民、公明のプロジェクトチームが立ち上がり、審議を経て両党は16年、ドナーの提供を受けて生まれた子の親子関係を定める民法の特例法案を了承したが、出自を知る権利には触れず、結局、特例法案の国会提出にも至っていない。

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 ルーツを特定できない仕組みのまま「暗黙の了解」として技術利用が続く。石塚さんには「子どもが人格ある一人の人間として認められていない」と思えてならない。「子どもに事実を知らさない方がいい」と親が告知に二の足を踏む背景に、「両親から生まれた子という『普通の家族』像が社会に根強く、それに沿わない形だと隠そうとする気持ちがあるのでは」と感じる。

 出自を知る権利について前向きに受け止める調査結果もある。東京大の研究チームが14年、2500人に実施したインターネットの意識調査では、第三者を介する生殖補助医療で生まれた子の出自を知る権利について46・3%が「認めるべきだ」と回答し、「認めるべきでない」の20・4%を大きく上回った。

 ただ、「分からない」も3割超を占めた。調査した平田哲也研究員(生殖医学)は「ドナーが関わる生殖補助医療や、出自を知る権利への社会的合意は十分に得られていない。国によるルール作りを進めるには、問題を共有し、社会全体で議論を深めることが必要だ」と強調する。

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 第三者を介する生殖補助医療ではドナーのプライバシー保護が優先され、遺伝上の親の身元が分からないまま、新たな命が生まれ続けている。見過ごされてきた子の「出自を知る権利」に社会としてどう向き合ったらよいのか、考えたい。

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