【TOKYO2020 地方からの挑戦】(1)「Uターン」アスリート 地元で自分取り戻した

西日本新聞 社会面

母校の小倉商高で妹のななみ選手(手前)と練習する入江ゆき選手 拡大

母校の小倉商高で妹のななみ選手(手前)と練習する入江ゆき選手

 大一番でも入江ゆき選手(26)は落ち着いていた。東京五輪が1年後に迫ってきた6日、入江選手は埼玉県でレスリング世界選手権(カザフスタン)女子50キロ級の日本代表を懸けた一戦に臨んでいた。

 9月にある同選手権で3位以内に入れば東京五輪代表に内定する。「心が充実していたから、焦らず集中できた」。勝てば東京にも大きく前進、負ければ五輪が絶望的になる決定戦で、世界選手権2連覇中の須崎優衣選手(20)を相手に得意のタックルで着実に加点。リオデジャネイロ五輪金メダルの登坂絵莉選手(25)も代表を狙った階級で初の代表切符を勝ち取った。

 北九州市出身の入江選手は2015年に九州共立大から強豪の自衛隊に入ったが、日本代表を逃し続けた。「気持ちがボロボロになった」。自衛隊の了解を得て、昨年8月末から埼玉のレスリング場を毎月2週間ほど離れて小倉商高で練習することを決めた。母校のレスリング場は2年前、同窓会が募金活動などで資金を集めて完成させたものだ。「勝ってみんなを喜ばせたい」。“Uターン”してきた入江選手は地元の後押しが力になっている。

 1964年は地方の熱い声援が東京五輪を盛り上げた。北九州市の八幡製鉄(現・日本製鉄八幡製鉄所)は競泳や陸上など計18人の代表を輩出。九州を拠点に汗を流した選手は26人にも達した。競泳で八幡製鉄から出場した佐藤好助さん(76)は「戦後復興がテーマ。国民も企業も五輪を盛り上げようとする空気があった」と振り返る。だが、2020年は状況が違う。

 バブルが崩壊した90年代以降は八幡製鉄をはじめ、九州の実業団の廃部が相次いだ。前回のリオ五輪は九州拠点の選手がわずか10人。味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)が東京に完成した08年以降、有力選手が首都圏の大学や企業に集中する傾向はさらに高まっていった。

 早稲田大に通う須崎選手も練習拠点にするNTCはマットが6面あり、ハイビジョンカメラで映像分析も行える。小倉商高はマット2面のみと環境面の格差はある。それでも、入江選手は7歳から指導を受ける同校の辻栄樹監督(47)にフォームなどを見てもらい、妹2人と練習を繰り返すと技の切れが戻ったという。「インターネットの普及で情報の格差は感じなくなった。地方からも強くならないと日本のレベルは上がらない」。辻監督は地方から挑戦する意義を強調する。

 地元の温かい後押しを受けた入江選手の取り組みは新たな選手強化の形といえる。スポーツ庁の鈴木大地長官も「今後、文化としてスポーツが根付くためには全国各地でいい情報を得られ、いい指導を受けられるようにならないと」と訴えた。東京の「熱」を地方にも-。1年後の五輪成功と、その先のスポーツ界発展の課題だ。

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 1964年の東京五輪は国全体が希望に満ち、スポーツの祭典を待ち望んだ。2020年東京五輪の開会式まで24日で1年。2度目の五輪が地方にもたらすものとは何か。

 九州から東京五輪を目指す選手 バドミントン女子の山口茜選手(再春館製薬所、熊本県益城町)は2大会連続の出場が有力。東京五輪マラソン代表選考会「グランドチャンピオンシップ(MGC)」では井上大仁選手(MHPS、長崎市)ら男女計9人が各3枠の狭き門に挑戦する。ボクシングのウエルター級では鹿児島県鹿屋市を拠点にする岡沢セオン選手(県スポーツ協会)が4月のアジア選手権で準優勝した。

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