中国SFの“政治事情” 上別府 保慶

 米国のオバマ前大統領は読書家として知られる。推奨した本は注目され、大統領在任中に「誰もが読むべき本」と語った、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書「サピエンス全史」は世界中で読まれた。

 中国のSF作家、劉慈欣氏が異星文明との接触を描いた小説「三体(さんたい)」も、そうした本の一つ。オバマ氏は同書が米国のSF文学賞「ヒューゴー賞」をアジアの作品として初めて受けたのがきっかけで手に取り、こう語ったという。

 「とにかくスケールがものすごく大きくて、読むのが楽しい。これに比べたら、議会との日々の軋轢(あつれき)なんかちっぽけなことで、くよくよする必要はないと思えてくる」

 今月、この「三体」の日本語訳が早川書房から、ついに出た。まずは、オバマ氏が激賞する劉氏の紹介から。

 生まれたのは1963年。毛沢東が権力を奪い返すために「プロレタリア文化大革命」(文革)を発動し、中国全土が大混乱に陥る3年前のことだった。劉氏の両親は、息子が文革の武力抗争に巻き込まれるのを恐れ、河南省にある郷里に預けた。

 電気も通わぬ村で空腹を抱えた劉少年は、アポロ11号の月着陸も知らずに育ったが、7歳だった70年に、中国が初めて打ち上げた人工衛星「東方紅1号」を夜空に見上げたのが、後にSF作家となる原点になったのだという。

 というわけで「三体」の物語には、文革期の悲惨な日常が濃厚に投影される。主人公の女性科学者・葉文潔は、目前で物理学者の父が紅衛兵のリンチに遭って絶命。家族は崩壊し、彼女も反革命分子の娘として辺境に送られる。

 流転の末に配属された秘密機関で、宇宙へ向けて政治宣伝の電波を送るという仕事をあてがわれるが、そこへ高度な文明を持つ異星人の1人から、送信を続ければ侵略を招くと警告する返信が届く。だが彼女は社会に復讐(ふくしゅう)するために、あえて危険な行為へ独断で踏み切るのである-。

 「三体」はまず2006年に中国のSF誌に連載された。紅衛兵同士の凄惨(せいさん)な抗争で幕が上がる内容だった。ところが訳者の大森望氏によると、中国で単行本化された際は、章の順序を入れ替えて再構成された。文革の暗黒面に触れるのを嫌う政治状況に照らし「苦肉の策として行った改変だった」という。

 切れば血がほとばしる筆致の作品を、邦訳は、オバマ氏が読んだ英語訳と同じくオリジナルに迫る形で読める。なお「三体」は3部作の第1部である。続編の邦訳が待ち遠しい。 (編集委員)

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