【日日是好日】若き日の富士登山の記憶 羅漢寺住職 太田英華

西日本新聞 大分・日田玖珠版

 夏の朝の空気が好きです。日の出前の凝集した空気が、より一層山の清浄を感じさせてくれます。夜が明けると一気に空気がはじけ、セミが鳴き始めました。大暑の季節の到来です。 

 今から11年前に出家を覚悟したのですが、その前にやっておきたいことがありました。それは、富士山に登ることでした。出家前に日本の一番高い山を眺めるだけでなく、その頂上から景色を眺めてみたいと思ったからです。 

 当時の今頃、登山経験のある友人に連れて行ってもらうことにしました。友人は毎年登っているとのことで、高校時代に久住山に登っただけの初心者の私と、もう一人1度だけ登ったことがあるという体力に自信のある子と3人で登ることにしました。 

 得度式を控えていたこともありこれを機会に、前日に長かった髪をバッサリ切り、気合を入れて富士山に向かいました。車中で全景が顕わになった富士山を眺めると、より一層気合が入りました。友人のアドバイスで、まずは山小屋で仮眠し、早朝に山頂を目指すことにしました。 

 友人から、とにかく焦らずマイペースで行くように注意され、最初は余裕でした。ところが、だんだん事の重大さを悟り、山小屋に着いたときには軽い高山病になってしまいました。 

 その後、何とか回復し頂上を目指し、御来光を拝むことができたのですが、いかんせん苦しかった。「こんな御来光は初めてだよ」と友人に言われても、苦しくて絶景も味わえず、結局ただここまで来たことだけに感動した、富士山初登頂でした。 

 人生はよく山登りに例えられます。素晴らしい景色を楽しむ山登りもあれば、険しい道を登らなければならない山登りもあります。理想が高ければ険しい道のりになるでしょう。そこには、それぞれの山に対する向き合い方があり、ある種の覚悟もあると思います。私のように偉大な存在に身を委ねて気付かされることもあります。 

 人生を登山になぞらえ、自分が見定めた目の前の目標に向かって登る。人生の最終地点が頂上ならば、登り切った達成感を味わえる余裕も必要なのだと、あの頃を振り返り反省します。 

 さて、富士登山には実は後日談があるのです。登頂には1泊2日で臨んだのですが、なんと下山は一気に4時間で下りてしまいました。調子に乗ってしまい、幼い頃より駆け足で山を下りる私の性分で、体力に自信のある子と2人で駆け降りてしまったのです。 

 羅漢寺の山と富士山とは大違いでした。その後は案の定かつて経験したことのない全身の筋肉痛で、1週間寝込んでしまいました。人生には調子のいいときもありますが、分をわきまえ常に己を見つめなければと、日本の最高峰に教えていただいた結末でした。これからの人生にこの教訓を生かせるか否か。夏休みの懐かしい思い出です。 

【略歴】1967年、羅漢寺27世住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28世住職として寺を守る。 

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