【日韓 報復の応酬】 藻谷 浩介さん

西日本新聞 オピニオン面

◆傍観 その先にある損失

 内心に募る否定的な感情を、他者にぶつけて憂さを晴らそうとする人が増えているように感じる。その最悪の例が、京都での無差別放火殺人かもしれない。

 もちろん、そういうところまでいってしまう人は、まだ社会のごく一部だろう。だが犯罪行為ではなく、政治的なトピックの場合には「自分たちだけが正しく、相手だけが間違っている」という一部の過激な主張に、その外側にいながら何となく同調してしまう人が、市井の普通の人にも増えている感じがする。彼ら自身は否定的な感情を大人げなく他者にぶつけはしないのだが、誰かの排他的で視野の狭い行動を「そうはいっても相手の方がより悪いよな」と、何となく許してしまう。

 そういう人こそ気付かなければいけない。「相手側から自分たちがどう見えているか」についても考えないと、結局は自らの利益を損ねる可能性があることを。

 日本の韓国に対する、一部製品の輸出に関する優遇措置剥奪のニュースを、何となく肯定的に受け止めている人たちは典型例だろう。

    ◆   ◆    

 今回、日本政府には「韓国から第三国へ不正輸出が行われている可能性が否定できない」という表向きの理屈がある。しかし、文在寅(ムンジェイン)政権の経済失策で弱り切っている韓国国民の、心中の機微を理解しないままにさらにプライドを傷つけるのは、日本にとっておよそ得策とは思えない。

 日本だって自分が当事者でなければ「判官びいき」だ。だから分かると思うのだが、日本の理屈が世界から「弱い者いじめの自己正当化」とみなされる危険性は十分にある。

 駆け引きにしてもやり過ぎに見えることから考えて、外務省ではなく首相官邸-経済産業省ラインが主導したのだろうが、それで世界貿易機関(WTO)は通るのか。韓国による東北産水産物の輸入規制をWTOが是認したのは記憶に新しい。連敗した場合、政権に責任を取る覚悟はあるのだろうか。

 もちろん、コアな嫌韓層はそれでも満足だ。彼らには「韓国を懲らしめてやれ」という強い処罰感情がある。だがその根っこにあるのは、ストレスに満ちた日本社会の中で抱え込んだ個人的な敗北感を、自分が「強者」の側に立って攻撃することで発散したいという欲求ではないか。

    ◆   ◆    

 普通の国民は、嫌韓派の極論に「もっともな面もあるな」と何となく同調してしまってはいけない。

 そもそも嫌韓と反日の応酬で得をするのは誰なのか、考えてほしい。徴用工問題で被告にされている、日本企業の担当者は喜ぶだろうか。両国の関係がこじれるほど、いけにえにされていじめられるだけではないか。

 輸出規制の対象企業はどうか。韓国企業が日本に頼るリスクに気づき、独自の技術開発にまい進するほど、今の独占的地位を失う危険が大きい。それらに該当しないあるハイテクメーカー関係者も「韓国への輸出減で大損害だ」と漏らしていた。さらにいえば、韓国人観光客が減って九州の誰が得をするのだろう。

 半年前の当欄で「日韓の対立をあおって得をするのは(国内の不満を隣国に向けさせることで延命を図る、日韓双方の)政治家」と指摘した通りだ。そのせいで損をするのは国際競争でもうかっている側、すなわち韓国から昨年だけで2兆円の経常収支黒字を稼いだ、日本のハイテクメーカーと観光関係者である。

 かかる金銭的損害をもたらしたとしても、官邸関係者も、嫌韓の人たちも、決してその責任を取りはしない。一般国民はいつまで、彼らのことを「何となく許し続ける」のだろうか。

 【略歴】1964年、山口県徳山市(現周南市)生まれ。88年東京大法学部卒、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。米コロンビア大経営大学院で経営学修士(MBA)取得。2012年1月から現職。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」など。

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