【出自を知りたい 生殖医療と子の権利】<中>指針で守る 匿名か開示か 治療法で分かれる

西日本新聞 くらし面

 精巣内の細胞から精子を作りだせない。千葉県の男性(55)は、妻と話し合い、匿名の他者から精子提供を受けることに決めた。

 人工授精や体外受精などを30回試み、妻は妊娠8週目で流産したこともあった。14年間の治療の末、長男を授かる。両腕に感じた小さな命の重みに「この子だけは守り抜く」と誓った。

 治療を始めた当初、男性は子が生まれたら血がつながらないことを告げるべきか悩んでいたが、主治医から「本当のことを絶対話しては駄目」とくぎを刺された。「『告知するなら治療しない』と断られるのが怖く、従うしかなかった」

 転機は治療開始から数年後、精子提供で生まれた石塚幸子さん(40)との出会いだった。言わざるを得ない状況に追い込まれてやっと事実を告げた親に「裏切られた」と受け止めた石塚さんの告白に、頭を殴られた思いがした。

 それでも、妻の血縁だけでも保てる精子提供での人工授精(AID)で子が欲しい、という気持ちは揺るがなかった。長男(10)の成長に合わせていつか事実を伝えたいと思っている。しかし男性は「ドナー情報は教えられない」とする病院側との同意書にサインしている。「子どもは自分たち親の事情で生まれた。子は命をたどる権利があるとは思うが、自分には病院を教えてあげることしかできない」と無力感を覚える。

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 日本では、第三者を介する生殖補助医療で生まれた子の知る権利を保障する制度がなく、事実の告知も親の意向に委ねられている。こうした中、医療機関側が指針を作成し、子の権利を守ろうとする動きもある。

 生殖補助医療を実施する30のクリニックでつくる「日本生殖補助医療標準化機関」(JISART)は、非配偶者間の体外受精に関する指針を2008年に策定した。子は15歳以上になると医療施設にドナーの個人情報を開示請求できること、医療施設がドナー情報を誕生から原則80年間管理することを定める。この指針に基づき、同年3月から19年3月までに6施設で57人の子が生まれた。卵子や精子の提供は大半が身内や知人からで、一部は協力団体からだった。

 6施設のうちの一つ「広島HARTクリニック」(広島市)は、親へのカウンセリングで出自を知る権利への理解を促している。ドナー提供で生まれた子とその家族を題材にした絵本を紹介するなど、幼少期から日常の中で出生の事実を伝えることを推奨する。担当する生殖心理カウンセラーの南由香さんは「選択した治療に親が後ろめたさを感じるのではなく自信を持ち、子どもが『望まれて生まれたんだ』と感じて告知を受け入れられるよう幼い頃から向き合ってほしい」と話す。

 ただ、JISARTの指針は非配偶者間の体外受精に限られる。AIDについては、日本産科婦人科学会(日産婦)が会告でドナーのプライバシー保護を理由に「匿名」と規定しており、加盟施設が全て日産婦に登録するJISARTとしては指針の対象にしていない=表参照。遺伝上の親は誰か。出自を知る権利は、治療法によって対応が分かれているのが実態だ。

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 NPO法人「OD‐NET」(神戸市)は、ボランティアのドナーと提供を受けたい人を仲介し、JISARTに加盟する一部の施設につなぐ。同法人はドナー登録の条件に「出自を知る権利への十分な理解」を盛り込む。しかしそもそも施設が少なく、ドナー登録のハードルも高いことから、12年10月の設立以来生まれた子は4人にとどまり、現在は提供を受ける側の新規登録を中止している。

 子が遺伝上の親を知ることができないのと同様、ドナーも生まれた子の情報にアクセスできる仕組みはない。代表の岸本佐智子さん(55)は「自分の卵子で生まれた子が元気に成長しているという情報を得て安心したいドナーもいる。子の知る権利に重点を置きつつ、ドナーの立場も擁護できる体制が望ましい」と指摘する。 

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【ワードBOX】第三者が関わる生殖補助医療

 非配偶者間の人工授精(AID)や体外受精、代理出産がある。日本産科婦人科学会(日産婦)は会告でAIDを容認する一方、非配偶者間体外受精について見解を示さず、代理出産は認めていない。実際にはいずれも国内での実施が報告されている。日産婦によると、AIDの登録施設は全国で12施設(2018年7月末時点)で、生まれた子は05~16年で1141人に上る。

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