参院選の低投票率 安倍政権の強さの源泉 メディアは責任痛感を

西日本新聞 文化面

 今回の参議院選挙のポイントは、投票率の低さにある。選挙区の投票率は48・80%で、国政選挙での投票率が5割を切ったのは戦後2回目である。

 政治学者の中北浩爾は『自民党-「一強」の実像』(中公新書)の中で、安倍政権の選挙の強さの源泉を「低投票率」に求めている。創価学会を支持母体とする公明党と連携し、友好団体・地方組織・個人後援会を固める自民党は、野党よりも固定票を多く持つ。投票率が下がれば下がるほど、相対的に優位な条件が整う。

 安倍内閣は投票率を下げて勝とうとする。だから、争点を明示しない。選挙を盛り上げようとしない。多くの浮動票層に関心を持たせず、固定票で勝ちきるというのが戦略だからだ。

 投票率を下げるためには、メディアが積極的に報道しないほうがよい。安倍内閣になってからテレビメディアの自主規制や萎縮が、繰り返し話題になっているが、テレビ番組を調査・分析するエム・データ社(東京都港区)によると、民放報道は前回選挙から4割も減少しているという。有権者は、必要な情報を手にする機会を確実に失っている。

 今回、特に問題になったのは、「れいわ新選組」の山本太郎をめぐる社会現象を、テレビメディアが投票日前に十分に取り上げることができなかった点である。れいわ新選組が7月19日に東京・新橋で開催した「れいわ祭2」では、登壇した映像作家の森達也が、目の前に並ぶテレビカメラに対して「いつ放送するんですか? 選挙終わってから?」と語りかけた。そして、「これニュースバリューないんですか? ニュースバリューあるから今日来てるんじゃないの? じゃあなんで報道しないんですか?」と迫った。

 映画監督の想田和弘は「れいわ新選組の人気と立ちはだかる『テレビの壁』」(マガジン9、7月10日)の中で、山本太郎現象をテレビが報道しようとしない点を批判した。もし政党要件を満たしていないことや特定の政治団体を取り上げることの不公正が理由であれば、今後、「いくら画期的で新しい政治現象が出てきても、テレビは一切無視するしかなくなる」。そんなことでテレビはメディアとしての役割を果たしていると言えるのか。結局のところ、「政治に対して最も影響力があるテレビというメディアは、『公平性』を装いながら、実は既成の勢力に味方し、真に新しい勢力の参入を阻んでいる」。

 脳科学者の茂木健一郎は、開票作業が続く中、自らのツイッター(7月21日)で「参議院選の投票率が、ここまで低い事象を引き起こしている責任のかなりの部分を負っているのは、『電波』という『公共財』を独占して使わせてもらいながら、『選挙期間中』にまともな政策論争、比較、分析の番組をつくらない日本のテレビ」と指摘し、「投票率低いですねなどと、他人事みたいに報じないで欲しい」と論じた。

 このような状況は、メディアの中に自己反省の契機をもたらしつつある。朝日新聞記者の牧内昇平は、投票日前日(7月20日)に公開された論考「参院選で記者は反省した 『生きづらさ』のうねり、ここまでとは……」(withnews)の中で、「れいわ新選組」の動きと支持者の声を紹介した。さまざまな生きづらさを抱える人たちが、山本太郎の「生きててくれよ!」という訴えに共鳴し、「れいわ新選組」に寄付する様子に触れ、自分自身が「悔いのない人生を送るために社会と闘っているかを自問し」たと述べている。

 テレビメディアの自主規制の中、WEBメディアは新しい可能性を示しつつある。朝日新聞のWEBサイト「論座」には、公示前に有力な野党政治家が次々に投稿し、読者に対して多角的な争点を提示した。テレビや新聞よりも分量の制約が厳しくなく、しかも速報性があるWEBメディアは、選挙前の政治家たちが、文章によって議論を交わす重要な場になる可能性がある。

 次の衆議院選挙が迫る中、今回の反省を踏まえたうえで、選挙報道のあり方を再考する必要があるだろう。低投票率の責任を、メディアは痛感すべきである。

(なかじま・たけし=東京工業大教授)

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