教育に学ぶ医療と福祉 佐藤 倫之

西日本新聞 オピニオン面

 あの時、ちゃんと会っておけばよかった。福岡で勤務していた頃、そう思っていた人に、巡り巡って転任地の熊本県、小国町で出会った。

 元小学校教諭の菊池省三さん。崩壊したクラスを立て直す「カリスマ教師」として当時、テレビで紹介され脚光を浴びていた。番組の中で学級再生のキーワードの一つとして挙げていたのが「〓(〓は「口ヘンに卒」)啄(そつたく)」。

 ひな鳥が卵の殻を内側からつついて破ろうとする「〓(〓は「口ヘンに卒」)」と、ふ化を促そうと親鳥が外からつつく「啄」。「〓(〓は「口ヘンに卒」)啄同時の教育」とは、どんな授業なのか。その頃、教育紙面を担当していた私は、菊池さんの授業を密着取材して、学びと成長の瞬間を克明に描きたいと思った。

 ところが、勤務先の小学校に電話すると、当の菊池さんは、取材や視察依頼が殺到していて困惑気味だった。「時機を見計らって、また電話します」。もたもたしていたら、菊池さんは4年前に退職してしまった。

 7月中旬に小国町であった講演会の演題は「大人版『菊池学級』」。集まった人の大半は教員ではなく、意外にも看護師、介護士。ちょうど「30人大人学級」のような形で異色の3時限授業が始まった。

 菊池さんの教育実践の柱は「叱る」ではなく「褒める」。人を「褒める」ためには、人間観察力や認め合う関係づくりが不可欠だ。荒れる子どもの多くは「自信」を失っており、子ども同士が褒め合う関係を広げていくことで、クラスは再生されていく。そう考えて、実践してきた。

 この取り組みに共感し、菊池さんを講師に招いたのは、熊本市に事務所を構える社会保険労務士の原口耕作さん。これまで企画した医療福祉関係の研修会では、労務管理や人材開発の専門家を招いていた。ただ、「感情労働」を求められる現場では、人間関係や組織の「不全」も見られ、胸を痛めていた。

 そんな折、教員向けにあった菊池さんの講演会に参加。授業動画を映しながらの話にはっとさせられたという。「子どもたちの目が輝き、気持ちが動いていた。きっと大人社会にも生かせる」

 その日の「授業」では3~4人のグループに分かれ、自己紹介、熊本の魅力、相手の長所や印象に残った点を語り合った。小学時代に戻ったような懐かしさがあった。

 菊池さんが最後に語ったのは「最新学習歴」という考え方。最終学歴ではない。大人たちは今、それぞれの現場で何を学び、更新し続けているかと。やっと出合えた白熱授業は「気付き」に満ちていた。
 (阿蘇支局長)

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