岐路の日韓関係 「生身の交流」こそ重要だ

西日本新聞 オピニオン面

 本紙の韓国・ソウル支局で週1回開かれていた集まりがある。仕事や学業で現地に住む日本人と、日本に関心がある韓国人による語学サークルである。

 会の名は「あいまい会」と言った。韓国語があいまいな日本人と、日本語があいまいな韓国人が、相手の母国語を学び合うことから命名された。

 韓国語でもあいまいは「曖昧」である。読みは「エメ」だ。韓国語の大半は漢字語由来で、両国で違う発音をしているだけだと知る。参加者は互いにまず驚き、親近感を覚える。

 会は、日流と呼ばれる日本ブームが韓国で起きていた2007年に生まれた。数年間で参加した老若男女は50人を下らない。生身の「隣人」を知る場である。

友好の旗を降ろすな

 いわゆる元徴用工問題に端を発した日韓両政府の対立が、昨秋以降深刻化している。

 飛び火して、自治体や民間の交流行事も双方で中止や延期が発表されている。残念でならない。

 第一に、責めがまず文在寅(ムンジェイン)政権にあることは明らかである。

 元徴用工に対する日本企業の賠償問題を巡り、日韓請求権協定で定めた協議に今も応じていない。朴槿恵(パククネ)前政権の時に両国政府で設立し、国内外で高い評価を得た慰安婦財団も一方的に解散した。肝心の元慰安婦への支援も滞っているという。多くの日本人は文政権への不信感を強めている。

 文大統領と同じ「共に民主党」に属する釜山市の呉巨敦(オゴドン)市長は、市主管の日韓交流事業を再検討すると発表した。撤回すべきである。政府間とは別に、市民レベルで相互理解を深めるのが都市提携の趣旨であろう。釜山市と姉妹交流する福岡市や長崎県は動じることなく、友好の旗を掲げてほしい。

 第二に、安倍晋三政権の対応に判断ミスはないのか。検証し、対立からの適切な出口を示すべきである。

 政府はきのう、安全保障上の管理を理由に、軍事転用の恐れがある物品の輸出で優遇措置を取る対象国から、韓国を除外する政令改正を閣議決定した。

 輸出を巡る一連の措置に対し、文政権の対日姿勢に批判的だった韓国紙も「急所を突かれた」と表現するなど、韓国内で一気に対日強硬論が噴き出している。「急所」と呼ぶのは、日本が輸出手続きを厳格にするほど、韓国経済のダメージが深まるからだ。

 韓国世論を「反日一色」に染めてしまえば、後戻りは容易ではない。釜山では既に、日本総領事館の庭先に走り込んで抗議した大学生が逮捕されるなど公館を狙った事件が起きている。

「異文化を知る」とは

 そもそも国家レベルでの外交や経済活動は何のためにあるのか。多くの人々が往来し、異文化を知り、海を越えた地域の平和と安定をつくり出すためではないか。

 異文化を知るとは、相手を100パーセント理解することでは必ずしもないだろう。理解できないこともあると理解することも国際交流である。そのためには、生身の人間の交流が不可欠である。

 冒頭で触れた「あいまい会」は一時、中断した。約束の重さを巡る双方の捉え方の違いから運営が難しくなったからだ。その後、互いに冷静に考えたという。分かり合えない習慣や文化があるからこその交流ではないか、と。

 似て非なるものの象徴は、日本人の氏名の氏に当たる、「金(キム)」や「崔(チェ)」など韓国の本貫(ほんがん)である。一族発祥の地名を表し、それ故、韓国人は日本人以上に祖先や血族を深く敬う。そうした違いがある。

 同じ箸でも長さも置き方も違う。食事の作法も大きく違う。韓国では自分の意見を主張しない人は尊敬されにくい。黙っていれば賛同したとみなされがちだ。日韓の歴史で思い当たる節はないか。

 両国は地政学や安全保障の観点からも切り離せない関係にある。

 かつて関係を大きく前進させたのは、金大中(キムデジュン)大統領と小渕恵三首相による日韓パートナーシップ宣言(1998年)だった。金氏は日本統治時代を「屈辱だった」と断じた。一方で日本人に学んだものの多さから、小説など日本の大衆文化輸入を解禁した。2004年には日本で韓流ブームが、次には韓国で日流ブームが起きた。

 「あいまい会」もそんな時に生まれた。お互いによく理解できないことがあると知った上で、あえてあいまいにしておくことも国際交流の知恵であろう。

 日韓関係は何度目かの大きな岐路にさしかかっている。より望ましい道を選ぶ努力を重ねたい。

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