カレンダーにも意味がある

西日本新聞 オピニオン面

 「カレンダージャーナリズム」という言葉がある。毎年、何か過去に大きな出来事が起きた日の前後に、関連するニュースが増加することを指す。

 夏はそのカレンダー報道が目立つ季節である。「被爆○年」「終戦○年」などの日が相次いでやってくるからだ。今年も記者たちはその日に向けて関連報道の準備に忙しい。

 「カレンダージャーナリズム」はあまり良い意味では使われない。「毎年その時期だけは熱心に報道するが、後は忘れてしまう」という皮肉を含むからだ。

 しかし私は必ずしもこの種の報道を否定しない。やはり大事なことは毎年思い出さなければいけない、というのが一つの理由。もう一つの理由は、カレンダーをきっかけに、それから先の多くの日々を、同じテーマの取材に費やす記者が時折、現れるからである。

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 共同通信の太田昌克(まさかつ)記者(51)は、現在の日本で最も核問題に詳しい記者の一人である。

 富山県出身で1992年に共同通信に入社。政治部やワシントン支局などで核政策を含めた安全保障や国際政治の取材をしてきた。現在は編集・論説委員。専門分野の知識を生かして記事を書くポストだ。大学の客員教授も務めている。

 記者になった時は原爆問題に特段の思い入れがあったわけではない。そんな彼が核の報道にのめり込んだ契機は、初任地の広島で担当した被爆者取材である。

 鮮明に覚えている当時の取材シーンがある。

 広島の隣県に、理髪店を営む被爆者の男性を訪ねた。胎内被爆した娘は既に50歳近かったが、重い知的障害があった。男性は仕事の合間、娘に食事をさじで一口一口運んでいた。取材を終えて帰ろうとした時、男性はつぶやいた。「わしゃあどげなってもいいんじゃけど、この子はどげんしてくれるんじゃ」

 「しわがれた声が今も耳に残っている」と太田記者は話す。「核の被害は落ちて終わりではない。それから後がまた深刻なのだ」と思い知ったという。

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 2009年6月1日の西日本新聞朝刊1面トップに「米艦船の核持ち込み疑惑 元外務次官が密約認める 歴代次官が管理」の記事が掲載された。太田記者が書いて共同通信が加盟社に配信したスクープ。日本の国是である非核三原則を空洞化させていた日米外交の暗部を暴き、民主党政権下での密約検証を促した重要な報道となった。その後も彼は、核に絡む日本外交の欺瞞(ぎまん)を指摘する報道を精力的に続けている。

 ワシントンの外交当局者との人脈も厚い太田記者がしばしば覚えるのは「核抑止とか核の傘とかいう言葉が、政治エリートによって机上で語られることへの違和感」だという。「地べたで痛い目にあった人たちの経験を踏まえていない。『広島、長崎に行ったことあるの?』と言いたい」

 二十数年前に太田記者が聞いた被爆者の「しわがれた声」が、その後、東京を経て米国、世界へ至る長い取材の出発点となった。

 今年、8月のカレンダーに印を付けた記者はたくさんいるだろう。その中から1人でも2人でも「核」や「戦争」を自らのテーマに選ぶのなら、カレンダーにも十分な意味がある。
 (特別論説委員)

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